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心の柱 No.737
さとみさん 千葉県柏市 41歳 - 2019/05/02(Thu) 11:32
4日前、ココアが虹の橋に出掛けました。
元々うちで産まれた箱入り息子です。
私達夫婦と5人家族。
事情があって4人家族になってワンコ達だけの留守番も増え、馴れた頃17歳のパパ犬ナイトの心臓に疾患が現れ、数ヵ月の闘病後、病院に向かう車の中で私の腕の中で、最後の力を振り絞りチュウでお別れをしてくれました。
その8ヶ月後、17歳のママ犬サラが眠るように虹の橋に出掛け、後悔ばかりがよぎってました。
その後、7年離れていた旦那の元に戻り、家族3人の生活がはじまりました。
でも、産まれてから1人ぽっちになった事が無かったココアが一番辛かった、淋しかったと思います。元々甘えん坊のストーカーだったココア。眠くても寝室以外では本気で寝ることがなく、トイレに行くにもついてきてました。
そのココアが17歳になり突然、誤嚥性肺炎にかかり闘病がはじまりました。今までこれと言って大病をした事がなかったのと、17歳とゆー年齢に不安がよぎりました。
後数日で平成も終わる、後2ヶ月で18歳になるとゆーのに。。。。
闘病半月で虹の橋に出掛けて行きました。
何度も何度も私の元に帰ろうと、何度も何度も頑張ってくれました。。。。
私の心を3本の柱で保ってた所を、一手に引き受け、深い愛情で太い柱を作ってくれていたココア。。。。
いつも私が居るか確認していたココア。。。。
今は私が潜っていた布団、ベッドの中を探してます。
トイレに立つと振り返ってしまいます。
お家に入ると探しちゃます。。。
着地ができずに宙ぶらりんです。。。
しばらく抜け出せないトンネルに迷い込んじゃった。。。
私が泣く事を心配する子供達だけど、少しの間だけ許してね。。。。
ナイトと出会ってから、ココアを見送るまでの20年は。。。。
簡単じゃないよ。。。
でも、出会えて幸せでした。
私の所に来てくれてありがとう。。。
ずっとずっと大好きだからね。




びびちゃんの誕生日 No.735
hiroさん 千葉県 歳 - 2019/04/30(Tue) 03:30
びびちゃんが、昨年10月に突然の発作で亡くなってから半年が過ぎました。
この世に生きていれば、今日4月30日は12歳の誕生日です。


Re: びびちゃんの誕生日 No.736
hiro - 2019/04/30(Tue) 04:02


上記の追加文章になります。
びびちゃん12歳の誕生日おめでとう!
今でも突然悲しくなり、涙が溢れ流れる日もあるけれど、びびちゃんとの11年間はとても幸わせでした。あの時こうすればよかったとか後悔が沢山あるけど、もっと長く生きてほしかったけど、でもきっと天寿を全うしたんだよね。びびちゃんは今でも大切な家族であり、大事な娘です。これからもずっと。必ず会えるよね。待っててね。


さのすけごめんね。 No.733
azsさん 茨城県 26歳 - 2019/04/24(Wed) 19:31
昨日まで元気で家族が大好きで少しさわればゴロゴロすごい喉鳴らして
触ってもらうのが大好きでお母さんの膝の上が大好きな甘えんぼ猫さん。
まだ2歳くらいだったよね。
たまたまいつもの散歩コースとは違う道を散歩したら轢かれて苦しそうに横たわってるさのすけが居ました。何が何だかわからなくて触ってみたら固くなってた。今朝窓から出てしまったって聞いたからそんなに放置されてたわけじゃないよね。
外出さなければ今だって甘えてられたのに。あんな苦しくて痛い思いもすることもなかったのに。ごめんね。さのちゃんみたいに甘えん坊で可愛い猫は居ない。
一人で寂しくて私のこと呼んだんだよね。ちゃんと見つけたよ。ちゃんとサヨナラできたね。またいつでも戻ってきていいから。

先にそっちに行ってる先輩達と仲良くしてもらってね。
そしてまた会える日まで待ってるからね。


のえる、本当にごめんね(追記です) No.732
のえるさん 石川県 歳 - 2019/04/21(Sun) 14:41
No.731の者です。
自分で自分を余裕ない状態にして、どうしようどうしよう、とばかり思っていた日々、気持ちに余裕がなくなっていた日々、それをのえるに感じ取らせてしまった、と強く思ったのは、26日から仕事が繁忙期とてもとても忙しくなり、半年後には資格試験の本番。亡くなったのが22日夕方で23、24日は土日でゆっくり一緒に過ごし25日は主人も仕事が休みだったので2人で火葬に行きました。私の勝手な思い込みかもしれませんが日を選んでくれたかのように思えてなりません。
そして、これまで寂しい思いをさせてきた分もお世話させてね、大丈夫だから、かあちゃんに任せて!とのえるに言いながら、どうしようとかそうなる前に、、、と本当に酷過ぎる気持ちをもってしまっていた自分が許せずにいます。
どんなにかのえるが生きる力をくれていたか、いつも傍に居てくれることがどんなに幸せなことだったか、かけがえのないことだったか、、、そう思いながら泣くばかりです。

資格の勉強や練習のやる気も全く起きず、先にお話ししましたのえるがまるでかあちゃんいっぱいいっぱいなの、もう大丈夫だよ、と時間をくれたかの様に思えているのに、その時間を全然大事にしていません。このままでは余裕ないのを感じ取らせてしまって、、、の反省も、のえるの命もまた大事にしていない、とこれじゃダメ、のえるに申し訳ないよ、自分に甘いよ、と思いながら、教材を開いてもボーっとしてしまいます。
のえる、こんなかあちゃんで本当にごめんね。


のえる、本当にごめんね No.731
のえるさん 石川県 歳 - 2019/04/21(Sun) 13:34
3月に愛犬が亡くなりました。
ラブラドール、13歳3ヶ月。1年程前から慢性リンパ球性白血病との診断で定期的に血液検査をしながら抗がん剤とステロイドの錠数と頻度を調整していました。
年末に下痢と下血、そこから下痢止めや整腸剤、吐き気止めを多めにもらい様子を見ながらあげていました。形のある大丈夫!という便は2、3日続いてはゆるくなり下痢、下血、時に嘔吐でした。2月末に膵炎といわれ点滴に通院、数値はよくなったものの、胃腸の調子が安定せず3月12日にいつもは昼間にオシッコ出しで自分からも起きてくるのに全く動こうとしないと家族から連絡がありいつもと違い過ぎる様子に病院へ連絡、その日の朝に病院で血液検査はしていて、後ろ足がいつもよりもふらふらしていた様に思う、頸椎や腰が痛いのかもしれないから今は安静第一かと、との事で帰宅して実際に様子を見てみてから連れて行くか決めますと言って電話を切りました。そして夕方仕事から帰宅すると今から思えば本当にうんと頑張って起きてきてくれたのだと、、、ゆっくり私の方に歩いてきてオシッコに外に行きました。が、土の上で両前足がくっと崩れ倒れ私が慌ててしまいすぐに起こしましたが本当に本人は力を振り絞って外に出てくれてたんだろうな、と。抱きかかえ戻りご飯はいつもよりかなり少なめにあげました。
翌朝すぐに病院へ、昨日と朝一のいつもと違い過ぎる様子を伝え血液検査、皮下点滴、一旦連れ帰りました。が、自力で立てずぐったりした様子に仕事に行くのに出たものの気になり戻って病院へ、入院になりました。
そこから栄養と抗生剤の点滴、絶食絶水の毎日でした。入院10日目の朝、病院へ面会に行ったら神妙な表情の先生に呼ばれ嫌な予感が、、、肺炎を起こしてしまった、慢性リンパ球性白血病でこれまで免疫を抑えてきていたから肺炎だけは起こしてほしくなかった、昨日の朝にあげたフード10g大した量ではないけれど誤嚥した可能性もあってそれだと細菌がものすごい勢いで増えて急変して今日どうなるかも、、、このまま病院で点滴しますか、自宅に連れ帰って点滴されますか、と。目の前真っ暗になりながら連れ帰りますと答えました。
先生の話の後、面会した時にはお腹を激しく上下させてものすごい速さの息、とても辛そうな愛犬の姿でした。
自宅に連れ帰り教わった手順で点滴を繋げ直しました。そしてその日の夕方亡くなりました。

タイトルの、のえる、本当にごめんね、は、これまでの生活の事です。
のえるが我が家に来た時は結婚していて、でも、3年後に離婚、ペット可のアパートに暮らしていました。当時の私は仕事、仕事、、、で朝早くから夜遅くまで、休みの日も会社に行ったりしていました。とても長時間の留守番をさせてしまっていました。転職、引っ越しも何回かして環境の変化にずっとずっとのえるを突き合わさせてきてしまいました。のえるの命の重み、のえるの命を預からせてもらったんだという自覚が足らなさ過ぎました。
それからこのままではダメだとのえるが7歳頃だったと思います、生活を見直してのえるとの時間を出来るだけ取る様にしました。それでも自分優先の時が多々あったと思います。
そして3年前に今の主人と出会い私は仕事をしながら資格を取ることを決めたのですが、最初からわかっていた事なのに自分で自分をいっぱいいっぱいにしました。途中で何度か資格を先延ばしにすると主人にも伝えてはいましたがずるずるとそのままできてしましました。頭、気持ち、時間にいつも余裕がない感じで、のえるの前で笑っていてもきっとのえるは私の不安、いっぱいいいっぱいの様子に気づいていたと思います。仕事が先々繁忙期でとてもとても忙しくなる、半年先には資格試験の本番だ、とカレンダーの数字みたいなのがいつも頭の中にあり、のえるが体調悪くなったら後ろ足の引きずりが酷くなって歩けなくなったらどうしよう、とそんな不安がいつも自分の中にある様になっていました。命を預からせてもらっている者が絶対に絶対に思ってはいけないこと、忙しくなる前に歩けなくなる前に、、、とそんな言葉が気持ちのどこかにある悪魔の様な私がいました。じーっと私をよくよく見ている子だったのでそんな私の内内の酷過ぎる思いをも感じ取っていたと思います。
こちらの掲示板はペットロス掲示板との事でそんな感情を抱かないでよ!と腹立たしく思われる方もいらっしゃるかもしれません。仕事、子育て、家事、介護と私なんか比ではないくらいもっともっと色々抱えられながら頑張られている方も大勢いらっしゃると思います。自分に甘いよと思われるかもしれません。本当にごもっともです。
今、後悔と自責の念ばかりです。何年もの間、長時間の留守番と寂しい思いをさせてきた事、私が自分で決めた事だけれど資格を取る事を先のばしにしてもっともっとのえるとの時間を大事にしていれば、気持ちに余裕がある状態で接していればもっと生きていてくれたのでは、と。
病院の先生とのやり取りも言葉足らずだったなとも。先生の前でどうしても萎縮してしまい言う事、聞く事が全然足りなかったと思います。

のえるの命から学んだ事、のえるが居てくれたから出会えた方々、のえるが居てくれたから経験できた事がたくさんです。でも、のえるの命に返したい、のえるが生きている間に、もっと早くに色々に気づき、のえるに返したかったです。


今日愛猫が亡くなりました No.728
85さん 東京都港区 15歳 - 2019/04/17(Wed) 23:06
最近高校生になった15歳の私なんかが書いていいのかわかりませんが、あまりにも悲しすぎたので書き込みたいと思います。何が辛いかって、無邪気で純粋な世界一可愛い猫を8ヶ月しか生かせられなかったことです。
初めてのペットでした。出会いも別れも突然でした。猫を見つけた場所はネットで、母親の一目惚れした猫でした。父親は最初否定的な立場で母親が賛同的立場にいました。なので、母親と一緒に何度も父親にねだってやっとの思いで飼ってもらいました。最初はつくばの方にいた猫でしたが、偶然飼う際に東京に移動することになり、すぐに飼うことが出来ました。ほかにも様々な偶然があり、より、運命を感じるような出会いでした。初めて会った時は舞い上がるような気持ちでした。嬉しくて嬉しくて、我が家にペットが来るなんて夢のようでした。だからですかね。家にペットがいる実感なんて湧きませんでした。それも愛猫がなくなるまでずっと。うちの猫は、1回除いて毎回トイレで用を足し、故意的に人をひっかいたことも1度もない、優しくて、利口な猫でした。普通の猫なら絶対ひっかいてくるようなちょっかいを出したりしても動じず、本当に温厚な猫でした。今思えばそんなことをしていた自分が幼稚で、申し訳ない気持ちでいっぱいです。猫のご飯や、猫のトイレの処理を直ぐにやってあげられなかったことにとてつもなく後悔しています。迷惑しかかけられませんでした。8ヶ月も生きられなかった猫の方がよっぽど大人でした。
我が家の猫が不治の病であると知ったのは亡くなるちょうど1か月前頃でした。少し吐いてるくらいなので絶対大丈夫だと思い、病院へ連れていくと出た診断は猫伝染性腹膜炎。急すぎて、何も言葉が出なかったのは今でも鮮明に覚えています。その時私は泣き崩れました。それから猫は色々なところが悪くなっていきました。腹水は溜まり、足や背骨は悪くなり、声もあまり出ず、目を開けるのもやっとなくらいでした。1番辛い思いをしていたのは他でもない猫自身です。だからこそ自分になればって死ぬほど思いました。
4月17日の朝愛猫は動かなくなり、私が学校へ行っている間に息を引き取りました。
短い間の猫との生活はとても濃かったです。教わったことも沢山あります。退屈な人生に死にたいと何度も思った私ですが、元気に生きたかった猫の気持ちを受け取り、あいつの分までも強く生きようと決心しました。愛情に付き合っていた時間なんて関係ないと思います、だからこそ今とっても苦しいです。愛猫の生き様、死ぬほど立派でした。幸せでしたか?最後に猫にそんな問いかけをしてみたい。
最後に、長ったらしくて下手な文を読んで下さり、ありがとうございました。


Re: 今日愛猫が亡くなりました No.729
モグ兄 - 2019/04/18(Thu) 00:42


85さん お辛いですね。かわいい猫ちゃんと過ごした時間の長さなんて関係ないですよ。その子をどれだけ愛していたかは月日の長さとは関係のないものですよね。
 猫腹膜炎ですか。これにかかるとほとんどの猫ちゃんは助からないようですね。だけど病気になって1か月間85さんとご家族様と一緒に頑張ったんですよね。本当に立派な猫ちゃんでしたね。そして、きっときっと85さんたちと過ごした幸せな時間を胸に旅立ったと思います。病気は猫ちゃんのせいでもないし、まして85さんのせいでもありません。動物たちはあれもほしいこれもほしいとは思はないで、ただただその瞬間その瞬間を豊かに生きていますよね。だから、苦しくても85さんたちがかわいがってくれるから、幸せだったと思います。
 そうです。猫ちゃんのためにも長く生きてください。85さんの心の中に猫ちゃんの生きた証がいっぱい詰まっていますよね。それを大切にしてください。そして日常を取り戻し、時が来たらでいいのでまた、新しい猫ちゃんをかわいがってあげてください。不思議と旅立った来とは別のところで愛することができますよ。


Re: 今日愛猫が亡くなりました No.730
ai - 2019/04/19(Fri) 09:50


大変な悲しみの中においでかと思います。
49日までは、85さんの近くにいるはずですから、いっぱいお話してあげ
たらいいですよ。
猫ちゃんは85さんの気持ちをよく分かっている筈です。


愛犬が亡くなりました No.721
まるさん 北海道 19歳 - 2019/04/03(Wed) 14:16
去年大学生になった私が、小学生の頃から毎日一緒だった愛犬が2ヶ月前に亡くなりました。突然の事故死でした。
とても元気な子で、おじいちゃんの年齢ではあったけれど毎日大好きなぬいぐるみを追いかけ回して遊んでいました。足腰もとても強い子で、これといった病気をしたことも無く、定期検診でもまだ4.5年は大丈夫ですと言われていました。
死因を聞いた時、外傷性のショック死といわれました。大好きな私のわんちゃんがどんなに痛かったか、どんなに苦しかったかを思うと涙が止まらなくなります。
事故にあった時に私はその場におらず、亡くなって数時間たってから聞かされました。
すぐに駆けつけましたが、ほんのり温かみが残っているくらいでもう足やお腹などは冷たくなり始めていて硬直していました。
その光景を翌日火葬場に送るまでの間、目に焼きつける思いで見ていたにも関わらず2ヶ月たった今もまだ死んでしまったことを受け入れられていません。
自分の身の回りのことも出来なくなってしまって、4月から2年になる大学も休学することなってしまいました。
皆さんは、どのように乗り越えていくのでしょうか。
どうやって日常生活に戻ればいいのでしょうか。
私には分かりません。


Re: 愛犬が亡くなりました No.724
モグ兄 - 2019/04/06(Sat) 01:56


 まるさん  お辛いでしょう。お気持ちお察し申し上げます。

 私、自分のペットロスがあまりにつらくて、のたうち回ったことがあるのでその時の苦しさから日常を取り戻すまでのことで苦しんでいる人に声だけはかけてあげられるのではないかと、猫中心に返信させていただいています。
 最初のうちは何をやってもだめでした。ペットロス関係のサイトを訪ねたり、そのうちブログを書いたり。ブログを書くことが一番私には効果がありました。大好きだったペットの思い出など楽しいこともたくさん思い出させたし、写真をアップするためにいろいろな写真を整理したりしているうちに、あの子との思い出はつらいことばかりではなかったなと思いました。さらに本を買った読みました。いろいろなペットロス関係の本も出ています。何冊か読んで自分の気持ちに寄り添ってくれるような本を見つけ何度も何度も読み返しました。(私は現実主義者七日、ペットとお話ができる人の話とかは信じられませんでした。)ただひとつ、うちの子は私や家族といっしょで間違えなく幸せだったなと偽りなく思えたとき、気が楽になっていきました。しかし、寂しさはのこります。臨終した曜日のその時刻になると体が固まってしまいます。一番だめだったのは普段仲のよかった友人たちに話をしたら、もう信じられないくらい冷たい反応でした。なので中のよい友人(普段私は彼らの愚痴には付き合って聞いていてあげたと思っていたので、結構ショックで頭にも来ました。)を失いかねないので彼らに話すのはやめました。次に猫のボランティアしている団体さんに参加し、お金などを寄付しました。本当にかわいそうな子をいっぱい見て、この子たちが一度でもいいから「生まれてきてよかった。」思える瞬間を作ってあげたいと思いました。
 で、そのくらい時間がたつと激しい悲しさは消えていました。ただ、あの子がいないという寂しさは消えませんね。しかし、その寂しさこそがあのこが大好きだったことの証なので、それはなくならなくていいと思いました。そしてその寂しさいっしょに暮していくことに慣れるようになることがペットロスから抜け出すことだという気がしました。
 以上は私の体験に一部です。ここに書けないような辛くて悲惨な状況もありましたが、一番無難に書くと個人的にはこういう感じでした。
 すぐには日常に戻れないと思いますが、おそらく大学に通われても通われなくても辛いのは変わらないと思うので、大学に行きながら辛さに耐えて行ってもよいのではないかと思います。無理をなさらず、悲しい時には泣いて、ゆっくりと大切だったワンちゃんを思い出してあげてくださいね。


愛猫が昨夜亡くなりました No.722
たぁさん 青森県 歳 - 2019/04/04(Thu) 05:17
先週からおしっこが出なくなってて体調が悪かった6歳になったばかりの男の子。病院に2回連れて行っていたけど、薬を出され様子を見るようにとのこと。しかし悪化する一方で、別の病院をもう一度受診。即入院となり、もう少しおそければ死んでたよと言われ、よかった、助かった‼️と安堵していました。しかし、明日退院というまさに昨夜、心肺停止状態なのですぐ来るようにと連絡があり、かけつけると、心臓マッサージはしていたものの、もうすでに亡くなっていました。あまりにも突然のことで…ついこないだまで元気だったのに!
病院の先生が気づいた時には、一人、ケージの中でおすわりの状態で壁にぐったり寄りかかっていたそうです。原因は不明だそうです。極度のストレスがかかったのかもしれないと言われました。大嫌いな病院の狭いケージの中、たった一人で亡くなっていたなんて、かわいそうでたまりません。入院させなければよかった、もっと早く受診していれば…みんなのいるあたたかい家の中で死なせてあげたかった!!
今はいろいろなことが後悔ばかりで、つらくて仕方ありません。まさか亡くなってしまうなんて…
誰かにきいてもらいたくて、めちゃくちゃな文章ですが書かせていただきました。
とてもかわいい子でした。夜は毎晩一緒にねて、私のパジャマをフミフミして、鳴き声もかわいくて…
遺体は本当に気持ち良さそうに眠っているようです。
家族みんな大好きでした。ごめんね…
今までいろんな幸せをくれたね。ありがとう。


Re: 愛猫が昨夜亡くなりました No.723
モグ兄 - 2019/04/06(Sat) 00:02


たぁさん お辛いでしょう。お気持ちお察し申し上げます。

動物病院に入院させるかの判断は本当に難しいですよね。私も一時間でも自分の手から離すのが嫌だったから、ほっておけば死ぬのという時以外は絶対に入院させませんでした。心臓専門の獣医さんがエコーするので来ませんかと誘われたので申し込んだのですが、うちの猫を預けて夕方迎えに来てください。と言われたのでそれならやめます。と言っていったん預けた猫を連れて帰った時もありました。エコーしてもしなくてもとりあえず命には別条ないかと思ったからです。でも体調が本当に悪くて命にかかわりそうならまた別の判断しますね。なのでたぁさんの判断は間違っていないと思いますよ。確かに看取ってあげられなかった悔いは残るかもしれませんが、最善の治療をしてあげようとしたのですから、仕方のない部分もあります。きっと猫ちゃんはたぁさんたちとの楽しかった日々を思い出しながら、旅立ったと思います。感謝していると思いますよ。猫はどういうわけか自分が弱っている姿を最終局面まで見せないようにするので発見も遅れがちですね。なのでたぁさん、楽しかった猫ちゃんとのことをたくさん思い出してあげてくださいね。
 


チャコへ No.718
ミハルさん 京都府 歳 - 2019/04/01(Mon) 21:28
20年共に過ごしたチャコ(茶トラ・雌猫)が今朝亡くなりました。
私が11歳の時に、目が開いたばかりのチャコを姉妹猫のタマコと一緒に父が拾ってきて、それからずっと私の兄弟でいてくれました。
今年の1月中旬に末期の腎不全とわかり点滴に通いましたが、焼け石に水でどんどん体調は悪くなり、先週から痙攣発作が何度も起きていました。それでもチャコは今朝まで食べておしっこをして、生きることをやめませんでした。

視力がなくなり、昨日ついにボケてフラフラと徘徊しているのに、最後まで彼女を点滴に通わせてしまったことが申し訳なくつらくて仕方ありません。チャコの最期を少しでも楽にしたいというエゴでした。取り乱して泣き叫んでしまいました。
体温が低下してもう少量のおしっこしか作れず、尿毒症の痙攣と呼吸困難に陥りながら一晩中苦しんで逝かせてしまいました。本当に本当にごめん。チャコの最期の苦しい叫び声が忘れられない。
彼女の命を最期まで必ず見届けようと、一晩中寄り添って逝かせてあげられたことだけが救いです。亡くなった今朝はチャコがやっと楽になれたんだとホッとしました。

でも体の中に空洞ができてしまいました。何を見ても食べても感覚がないです。
世間は桜が咲いて次の元号の話題で盛り上がっているのに、自分と外部の間が隔たれたような非現実な感覚です。チャコは次の時代にはもういないし桜も見れないと思うだけです。

20年も生きてくれたのに、本当はまだまだもっと一緒にいたかった。
チャコ、愛してるよ。大好き。じゃあね。また会おうね。


Re: チャコへ No.719
モグ兄 - 2019/04/02(Tue) 00:07


ミハルさん お辛いでしょう。お気持ちお察し申し上げます。
 
 20年ともに過ごされたのですね。猫ちゃんの20年はもう立派としか言いようがありません。うちの子も20年と半年で同じく腎不全で旅立ちました。最後は本当につらい時間をいっしょにすごしました。それでもあの子が頑張っているんだと思っていっしょにいる時間を大切にしました。
 悲しくて苦しくて。 しかし、あの子との思い出は悲しいことばかりではないなと思い、楽しかった日のこと考えたり、猫の20年とはどういう意味なのかと考えたり。自分たちといっしょの時間を過ごして天寿を全うしたのだと。逆でなくてよかったなとも思いました。
 悲しみや苦しさはしばらく続くと思いますけど、どうかチヤコちゃんの楽しかった思い出を大切にして少しずつでいいので日常を取り戻してください。そうなったとしてもチヤコちゃんの素敵な思い出はそばにあり続けますよ。


モグ兄さんへ No.720
ミハル - 2019/04/02(Tue) 20:01


モグ兄さん
温かいコメントをくださりありがとうございます。
チャコとの別れがつらくて何も考えられませんでしたが、立派とお褒めくださり大変嬉しく思います。チャコは幸せ者です。
今朝チャコの火葬を行いました。火葬の最中、モグ兄さんの仰った猫にとっての20年とはどういうことかを考えたら、彼女は立派すぎるほど自分の命を燃やし尽くしたんだと心から思えました。
最期が苦しくつらいものであったとしても、それだけが彼女の全てではありませんね。
父に助けてもらい母に可愛がられた幸せな猫でした。
何より私があの子にどれだけ救われていたかと、改めて感謝の念が湧きました。

モグ兄さんの猫ちゃんは20年と半年生きられたのですね。
本当に立派に天寿を全うされました。
腎不全によるお別れの苦悩も凄まじいものだったと思います。
でもモグ兄さんの猫ちゃんもチャコも、共に過ごした20年が幸せなものだったことには変わりがないのだと思えました。
また全ての動物は、長短に関わらずそれぞれの命を懸命に燃やして立派に旅立って行くのだと分かりました。

あんなにがんばって長生きしてくれたチャコにこれ以上求めるのはやめにします。
これから日増しに喪失感が募ると思いますが、チャコには楽しかった日々をありがとうと沢山言いたいと思います。
温かく励ましてくださり、本当にありがとうございました。


後悔 No.717
たからさん 宮城県仙台市 15歳 - 2019/03/31(Sun) 23:07
金曜日、ハムスターのりっちゃん(メス)が亡くなりました。家に来て、1か月、産まれてから2か月でした。

運悪く脱走してしまい、そこにいたうちのワンコにくわえられて。

幸いといっていいのか分かりませんが、私がワンコを思い切り叩いて、驚いてハムを床に置いたので、かみ砕かれたり、食べられたりはしませんでした。

ですが過呼吸のような状態になって、2時間苦しんで、亡くなりました。


次の日、何か奇跡は起きていないかと思いましたが、亡くなっていました。それまでは実感できなくて泣いていませんでしたが、土葬したとき、「あぁ、これから亡骸さえも見られなくなるのか。完全にりっちゃんの存在が無くなるんだ」と思うと、泣きました。

一緒に、とうもろこしとご飯、ドライフルーツを埋めました。あの世で食べていれば…と。

そして今まで、ふとした瞬間に、泣き出してしまいます。

気を紛らわせよう、いつまでも悲しんでいられないと面白いものを見て笑っても、本当にふとした瞬間にぶわぁと涙が出てきます。

ゲージも目に入ると泣き出すので母が「そんなに思い出して泣いちゃうなら掃除したらいいんじゃない?」と言います。
ですが、掃除したら、ハムの存在を完全になくしてしまう感じがして、できません。

私は2月に高校合格して、頑張ったご褒美にかってもらいました。

それまで受験勉強に身が入らなかった私は、「何かご褒美や目標があれば頑張れるんじゃないか」と、前からほしかったハムをかってもらうことにしました。

ハムをかいたいとは何度も言っていましたが、以前飼っていた母が「毎週チップを交換したりするけど、勉強とか部活があるのに、できるの?」と言われていて、なかなか飼えませんでした。

だから今回いいよと言われて、頑張る気力がでました。

そして、2月に合格して、3日後にペットショップに行きました。

ハムは、ペットショップにいるハムとは全く違いました。丸く真黒で輝いてる目が、なぜか他の子と違く見えました。ひとめぼれしました。

欲しかったメスでもあったので、運命だ!と感じました。

ハムを見ては、合格を実感しました。合格したから、中学に行っても面白くなかったけど、その度ハムを思い出して、「ハムに会うためには授業嫌だけどやらなきゃ」と頑張れました。

合格してからの日々は、ハムのことばかり考えていました。

なかなか回し車を使ってくれなくて、やっと少しずつ遊んでくれた時、すごく嬉しかった。

毎日のように何か新しいことをしているのを見るのが楽しみでした。まだ早いかもしれないけど、お母さんになった気分でした。

家にはワンコとインコがいますが、どちらも家族と分担して世話していました。

ですが、ハムだけは、全て私が世話していました。だから特に愛情があって、本当に可愛くてしかたありませんでした。

だから、亡くなったと分かっても信じられないし、泣いてしまいます。


ワンコを部屋に出したり、ハムが脱走したときに廊下にワンコを出さなかった私のせいです、ハムが亡くなったのは。

本当に申し訳ないです。何度も自分を責めます。何でもするから、もう一回生きてよ、と思ってしまいます。

大変な高校生活で癒しになってくれるとワクワクしていたのに。

後悔しかありません。

動物は、1年以内に生まれ変わることが多いそうです。

また同じハムに生まれ変わることは無いと思うけど、これから飼う動物に生まれ変わっていれば、ということを願うばかりです。

またハムを飼う気には今はなれません。絶対比べるから。


ペットロスは、誰かに話すと少しずつ克服できるときいたので、こちらに投稿します。

みなさんの投稿を見て、自分だけ悲しんでいると思っていましたが、他にも同じ時期に悲しんでいる人がいると分かって、少し気が楽になりました。

これからは少しずつ前を向いて過ごせて行けたらいいと思っています。

ただ今は、少しずつハムとの思い出が風化されていくのが怖くて堪りません。

長文ですが、読んでいただけたら幸いです。


罪悪感と後悔 No.712
さん 東京都 歳 - 2019/03/27(Wed) 01:07
愛猫が4歳という若さで亡くなってしまいました。原因は母が亡き祖父母のために買った仏花に混じっていた百合の花を食べたことによる急性腎不全でした。

祖父母が去年亡くなるまで花を飾ることがあまりなかったのと父が昔飼ってた猫もよく花を食べていたと聞いてたのでまさか百合の花が猫にとって毒だと知りませんでした。私はまだ高校生とはいえ将来獣医になりたいと思っていたのにこんなことも知らず愛猫を亡くしてしまったということに自責の念を感じています。

違和感を感じたのはまず抱っこをして威嚇されたときのこと。一緒に飼っている老猫が舌癌で病院に連れていかなければいけず私の部屋のベッドにいた彼女(脱走癖あり)を別室に連れていった時のことです。今思えば珍しく人がいないベッドの上、私のベッドの上にいたのは私に助けを求めていたからかもしれません。しかしその時は老猫の舌癌が発覚してからそんなに日が経っておらずそっちで気持ちもいっぱいいっぱいでした。あまり構ってあげてなかったからストレスで威嚇されたのかなと軽くみていました。彼女は病院が非常に嫌いだったので病院に連れていくことは逆にストレスが溜まってしまうからやめとこうと思ったんです。あの時彼女も一緒に病院に連れて行ってあげればよかった…そしたら彼女も助かったかもしれない。

もし祖父母が亡くなってなかったら、もし母が花を買ってなかったら、もし私がちゃんと百合の花について知っていれば、もしもう1匹の猫が癌じゃなかったら…

もし彼女を早く病院に連れて行ってあげていれば

たくさんの後悔や罪悪感を日々感じています。本当にかわいくて愛想が良くておてんばで、うちにはもったいないくらい天使のように素敵な猫でした。そんな子を失った罪は重い…これは一生背負わなければいけない背負い続けなければならないものなのだと思います。一生自分を恨みます。


Re: 罪悪感と後悔 No.714
モグ兄 - 2019/03/28(Thu) 00:30


桜さん お辛いと思いますが、自分を責めてはいけません。舌癌の老猫ちゃんの面倒をきちんと見て、さらに4歳の子の世話もしていたのですから、桜さんは猫の気持ちがわかるやさしい方だと思います。
 百合の花も毒になるのですね。植物はどんな作用があるかわからないですね。それに気づかなくってもそれは桜さんのせいではないです。家の猫たちはタイガーテールをこの前かじっていたのでタイガーテールを外に出しました。
獣医師になる資格は十分にあります。技術はもちろん、ペットを大切に思う家族の気持ちに寄り添える獣医師さんになってください。
 
 


Re: 罪悪感と後悔 No.715
- 2019/03/29(Fri) 12:22


モグ兄さん、温かいお言葉ありがとうございます。少し気持ちが軽くなったような気がします。見ず知らずの方なのに不思議ですね。

無知ということでこんなに簡単に命を奪えてしまうのだと非常に恐ろしくなりました。調べてみると猫にとって毒である植物が沢山あり、これからは絶対植物を家に置かないようにします。私が百合などの植物の危険さを広めることでせめて彼女の死が無駄にならなければと思います。あんなにキレイな見た目をしていて、普通に花屋に並んでいたものがいとも簡単に、ものすごいスピードで命を奪ってしまった…彼女を守れなかったことが悔しくて仕方がありません…同じ過ちを犯す人がいなくなることを願っています。


Re: 罪悪感と後悔 No.716
モグ兄 - 2019/03/31(Sun) 00:42


 桜さん 
>こんなに簡単に命を奪えてしまう

 この掲示板の過去ログにも書いてありましたが、本当に簡単な処置をお願いして、動物病院に半日預けただけなのに、命を奪われて帰ってくる子たちはたくさんいます。大半は獣医師の経験不足でカテーテル挿入して血管傷つけたり、気管に穴をあけてしまったりなどですね。うちの子も一度だけ若い獣医師に尿路にカテーテル入れられて、うちの子の大声が聞こえたのでやめさせました。へたくそなくせに、変わったことやりたがるとんでもない医師でした。
 動物病院と普段から上手に付き合っとかないといざという時に本当に後悔します。 
 立派な獣医さんになってくださいね。


愛犬の急死は私が油断したせいなんです。 No.713
かわぞうさん 神奈川県横浜市 54歳 - 2019/03/27(Wed) 22:49
17歳4か月のMダックス♂がおよそ一月前の3月1日に息を引き取りました。前日は仕事を休んで介抱していたけれど翌日1日は会社に行かなくてはならず、出掛けになんとなくビデオをセットして行ったのが未だ悔やまれる事になってしまっており自分が見殺しにしてしまった事だけが未だに払拭できずにおります。唯一の家族で生後2か月から大事に大事に育てていながら最後は眠るように老衰で息を引き取るものとばかり、悲しさはあったけどそれがうちの子との別れになるだろうとばかり思っていたのが私のちょっとした油断で初めは下半身麻痺、日に日に歩けずあれほどの食欲が急に無くなり水すら飲まなくなって、医者に複数回連れて行ってもヘルニアとの診断、結局発症からたった2週間で血反吐を吐いて死んでしまいました。
火葬も終えお骨になって帰ってきていますがあれからまだ一か月も経たない、時間がこんなに遅く感じているのも久しくなかったようです。
職場の人たちは気遣って頂いてますがどうしてもこの話になると場所を問わず泣けてしまいます、どうすることも出来ず自分が見殺しに、また看取ってあげれなかった事が、先にビデオの話をしましたがこの中でうちの子は逝ってしまっており、ずっと私を呼んでいるんですよね。会社に行った直後からおよそ一時間の間にさみしさと心細さと恐ろしさや苦しみの中で孤独に逝かせてしまい考えるたびにどうしても自分が許せず悲しみがあふれてしまいます。
現在は賃貸なので来月引っ越すことにしました。
お骨は先祖のお墓が福岡にあるのでまずはお寺さんに一緒に入れるか聞いてみてダメだったらまた考えます。
いまはもうどうでもいいです。
離婚もして唯一この子がわが子のようでとても可愛かったです。
随分と長生きしてくれたけど本当は20歳頃に眠るように老衰で息を引き取る予定でした。
私の、私のわずかな油断がわが子を苦しませてしまって、本当にごめんなさい。ごめんなさい。痛かったね・・・。ごめんね。。。
バザーに会いたいよーーー。


謝りたい No.706
さん 千葉県 歳 - 2019/03/25(Mon) 13:23
1歳の誕生日を迎えることなくこの世を去った愛猫。

元々猫を1匹飼っていて多頭飼いに憧れていました。
それと、この子が将来いなくなった時に悲しみが少しでも紛れるようにという思いもあり2匹目を迎えました。
しかし迎えてからの先住猫は豹変し、いつまで経っても新人猫を威嚇していた為2匹は隔離して生活していました。
私と先住猫のいるリビングは暖かい部屋、新人猫がいる部屋は寒い部屋…。
寒い部屋は可哀想だと思い、リビングに連れて来るときはリードで繋いでいました。
どちらにせよとても可哀想な事をしていました。
新人猫が遊んで水をこぼしただけで怒り、ジョイントマットを噛んで食べようとすることもイラついて怒ってました。
猫だから当たり前の行動なのに。

ある日、急に元気がなく食欲もなかったので病院へ連れて行きましたが、触診だけで大丈夫と言われました。
でも呼吸が早かったので、違う病院へ行こうか迷ったけど様子を見て明日行こうと思ってました。
伸ばした私がいけなかった。

死ぬ当日、私は気がつくのが遅れました。
気付いたときにはもう呼吸がとても荒い状態で病院へ駆け付けたら肺に膿が溜まっていると言われました。
処置をしましたが、病院へ連れてきた時よりぐったりしていてそのまま苦しんで息を引き取りました。
昨日の夜は健康なうんちしてた。
先生も大丈夫って言ってた。
なんで??
突然の死で何がなんだか訳も分からず、ただ泣いて謝ることしかできなかった。
病気はFIPの疑いもあるとのこと。
調べるとストレスも原因の1つみたいです。
もしFIPなら私が発症させたとしか思えない。
膿胸なら、私があのとき違う病院へ行っていたら助かっていたかもしれない。
私は一生自分を責め、呪います。

顔も美人で、グルル、グルルとよく鳴く声が本当に可愛かった。
こんな可愛い声を出す猫は、もう他にいないんじゃないかと思うくらい可愛かった。
死ぬ直前までは元気で健康で、育てやすく私の後ろをついてくる甘えん坊だったあなたはもういない。
死ぬ前日も、私の行くとこ行くとこついてきたね。
苦しくて助けてほしかったのかな。
ごめんね。

こんな短い運命ならもっと優しくしてあげれば良かった。
もっと甘えさせてあげれば良かった。
もっと過ごしやすい環境を整えてあげれば良かった。
死ぬ前日の夜に撮った最後の1枚。
座ってこちらを振り向いて私を見つめているあの寂しそうな目は、助けを求めているようで…見るたびに胸が張り裂けそうで悲しくて涙が溢れます。
あの子が死んでからの日々は辛く、毎日思い出しては泣いて謝っています。


Re: 謝りたい No.710
モグ兄 - 2019/03/25(Mon) 23:52


 虹さん お辛いと思います。しかし、先住猫ちゃんがいて相性が悪かったのであれば仕方がない部分もあったのではないかと思います。そんな中、虹さんの文章を読んでいると、新人猫ちゃんもとても大切に思いかわいがっていたことが伝わってきます。もっとしてあげられたと思いご自身を責めることはないかと思います。
 獣医師になる人間たちの中には心から動物が好きで、またそれを家族としてかわいがっている人間の気持ちを理解している人は少し入ると思いますが、残念ながらそうではない人もいるのが現実ですね。
 だけど、猫ちゃんもきっと病院は嫌だろうから、検査検査で病院を梯子させるのもかわいそうだと思いますよ。だから虹さんが悪いわけではないです。そして、猫たちは限界まで頑張って悟られないようにしているから、突然症状が悪化してびっくりしてしまいます。
 悲しみが癒えることはすぐには難しいと思いますが、どうかその猫ちゃんとの楽しい思い出を思い出してください。
 先住猫ちゃんをうんとかわいがってあげてください。


Re: 謝りたい No.711
- 2019/03/26(Tue) 02:28


温かいお言葉ありがとうございます。
読みながら、涙、涙でした。
あの子はこの短いあいだ幸せだったのか、毎日自問自答していました。
モグ兄さんのお言葉で、少し救われたような気がします。
新人猫は先住猫が好きで遊びたくて追いかけまわしてしまう為、先住猫はそれが嫌で威嚇やパンチを繰り返していました。新人猫に怪我のおそれがある程もう激しくて、先住猫もシニアなのでストレスをかけたくないと思い隔離せざるを得なかったんです。半年以上…いいえ、新人猫が亡くなった後も威嚇は続きました。病院から亡骸と共に帰宅後、先住猫は、もう亡くなっている子の匂いを嗅ぎに行くと、威嚇をしました。その時は本当に辛かったです。新人猫に本当に申し訳なくて…。

猫たちは限界まで頑張って悟られないようにしている、ほんとにそうですよね。
亡くなった当日は、前日の夜までのいつもの甘えん坊なあの子ではなかったです。部屋に入ると私に対し威嚇をし、聞いたことがない声で鳴き続けました。ヨダレも凄く、早く病院へ、と抱きかかえようとしましたが、私は酷く動揺してしまい、震える手で何とかキャリーに入れました。
いまだに当時の一部始終が頭から離れず辛いですが、命の重みをあの子から教わりました。今いる子との時間を大切に、あの子をいつまでも想いながら、日々を過ごしていきたいと思います。
ありがとうございます。


獣医により死を早めてしまいました。 No.707
はなさん 埼玉県 歳 - 2019/03/25(Mon) 18:31
6歳の愛猫が突然、元気が無くなり病院に連れて行きました。
とりあえず点滴とお薬を注射しました。
ですが、さらに体調が悪くなり、先生が私にはこれ以上手当は無理と言い、違う病院へ。
違う病院では、入院して詳しく検査します。との事。
3日ほと入院していましたが、日に日に弱って行くのが目に見えていました。
しかし、担当の先生は元気になりますよ、と言ったので、その言葉を信じていました。
とりあえず、検査結果が出るまで、おうちで様子を見るようにに言われ、退院して連れてかえりました。
しかし、まったく元気が無く、水も飲まず…。
翌日の夜中に死んでしまいました。

1ヶ月が経ちますが、悲しみと怒りとどうにもならない気持ちでどうしていいのかわかりません。
病院のせい、自分のせい、まったく気持ちの整理がつきません。
毎日毎日いまだに涙が止まりません。

どうして先生はあんなに弱っているのに大丈夫って言ったのか、それがどうしても納得いかないんです。
もしもう元気にならないのであれば、入院なんかせずに家で仲の良い子と一緒にいさせてあげたかった。
薬で苦しめて、仲間とも引き離してしまって本当に可愛そう事をしてしまいました。
あの子のところに行きたいくらいつらいです。
掲示板に書いたところで癒えることは無いのはわかっているけど、どうしても病院が許せないんです。
どうして動物に対しては訴えることができないのでしょうか…。


Re: 獣医により死を早めてしまいました。 No.708
- 2019/03/25(Mon) 23:34


No.706 です。
私も愛猫が亡くなって1ヶ月です。病院へ行ったのに助からなかった…少し状況が似ていたので、思わずコメントしました。
本当に辛いですよね…。
病名は何だったのでしょうか。
私の愛猫は、1回目の病院に行った時はすでに呼吸が苦しそうで、先生に伝えたんですが詳しく検査してくれず結果としてあの子を苦しめる事になりました。あの時ちゃんと検査をしてくれていたら、助かったかもしれないんです。
私も、病院のせい、自分のせいと責めるばかりです。


Re: 獣医により死を早めてしまいました。 No.709
モグ兄 - 2019/03/25(Mon) 23:39


はなさん それはとてもお辛いですね。でもどうかご自身は責めないでください。猫ちゃんは口がきけないので、症状とか体が楽かしんどいのかなど教えてくれませんし、また猫特有の自分の弱みは周りに見せようとはしませんね。そして、もう耐えられなくなって症状に気づくことが多いみたいです。なのではなさんは大切な猫ちゃんのためにできる限りのことをしたんです。そして、口はきけませんが猫ちゃんは必ずはなさんのそのことだけはわかっていたはずです。自分のために頑張ってくれているな。とね。頭にくるのは動物病院ですね。大切な猫ちゃんを連れてきているのですから、考えられる状況をきちんと説明して、徹底的に悔いの内容にしてほしいですね。獣医師はまだまだ技術も気持ちの上でも未熟なものばかりですね。なので本当につらいと思いますけど、銅かご自分だけは責めないで。そして、楽しかったその猫ちゃんとの思い出を振り返ってあげてください。


ごめんね No.698
aa aさん 三重県 歳 - 2019/03/16(Sat) 23:33
私のせいでベランダの隙間からでてしまった、私の不注意
死のうとしたけど結局退院して一年がたちあなたと過ごしたこの部屋から引っ越すことになった
現実を受け入れたくなくて目を背け続けた一年
段ボールにいれるために再び向き合った
ごめんなさい


Re: 生きてください No.704
n.y - 2019/03/23(Sat) 22:26


死んじゃだめです。生きてください。僕も苦しくて、これくらいのことしか書けませんが生きてください。


Re: ごめんね No.705
モグ兄 - 2019/03/24(Sun) 00:06


aa aさん、やることがあります。aa aさんに救える命がたくさんあります。彼ら彼女らを救ってあげてください。そしてそれをかわいかった子に後で報告してあげてください。お願いします。


会いたい No.702
たぬさん 埼玉県 歳 - 2019/03/22(Fri) 22:20
愛犬が亡くなって4ヶ月が経ちますが、思い出を振り返ってはちょっと泣く程度になっていたのが、ここ数日は声をあげて泣いています。
亡くなった子の妹分は、十年ほど前に病死しました。人間の注意や意識が足りていなかったのが原因ですが、お兄ちゃんの病院を知人に紹介されたところに変えて、当時はヤブにかかっていたと知りました。
彼女はお兄ちゃんと比べて大層なお転婆で、何かと粗相をするのでお兄ちゃんよりゲージにいる時間が長かったんです。人懐こくて走るのが大好きだったのに。それから病気になってあっという間に元気をなくして、峠を越えたところで体力を失って亡くなりました。最初に見つけたのは私で、あの子の苦しそうな死に顔が今でも目に焼き付いています。彼女に申し訳なくて、亡骸に寄り添って悲しそうに匂いをかぐお兄ちゃんの姿が忘れられなくて、この子は大事にしなきゃと思いました。
それなのにお兄ちゃんがお散歩と言っても家事や疲れを言い訳に行かなかったり、晩年の介護では疲れて時折強く叱ってしまいました。でも大好きだったんです。愛していました。私が子供の頃から一緒で、対等な関係を築けていたと思います。少なくとも周りにはそう見えていました。

誰も最期は見ていませんが、恐らく介護していた家族の腕の中で息を引き取ったんだと思います。その家族が気付かずベッドに降ろしてしまうくらい、穏やかだったんだと。
平均寿命を超える老齢だったのですが、それでも漠然と「明日もいる」と思っていたんです。介護の本で「ペットロスに備えて」というページを見ても、考えたくなくてすぐ閉じていました。でも不安で、眠っているところに触れて呼吸を確かめたり。要介護になってから亡くなるまでが数ヶ月だったのもあって、覚悟が足りていませんでした。

家族間ではいつも和やかに思い出を語っています。でも、急に悲しみや後悔が湧き上がるんです。忙しくてあまり構ってやれなかった母は、時間をとってやらなかったことをずっと後悔しています。母だけではなく、家族全員が「この家に来てよかったね、幸せだったね」と胸を張って言えないんです。お兄ちゃんは長生きしてくれたけれど、どう思っていたのかなって。ずっと元気だったから、不自由な体に我慢できず抜け出てしまったのかな。妹分は元気すぎて馬が合わなかったけれど、嫌ってはいなかったから、今は元気でやっているのかな。

別件で情緒不安定になっているのもあって、会いたくて会いたくてたまりません。遺骨を埋めることもできません。どうしたらいいんでしょうか。

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