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まさに、青天の霹靂でした  No.872
我が家の天使さん 東京都 47歳 - 2019/12/06(Fri) 20:13
ポメミさん、こんにちは。ポメミさんのとこの子の火葬し日から、ポメミさんのうちの子が天国に召された時から、日付を見たら、もうすぐ一年経過してるんですね。

時間が経過して、もしかしたら落ち着いた頃に、私からのこの返信で、治りかけてた傷を叩くような事になってしまってましたら大変申し訳ございません。そんな場合は、ここからはスルーされて下さい、、。

数日前、私もポメミさんが約一年前に体験された、その状態を迎え真っ只中にいて、いてもたってもいられず、気が狂いそうで、同じような状況の人はいないのだろうか?いたら話がしたい、一杯聞きたい...、まさにポメミさんと同じような心情況にいるところであります。

私にとっても、まさに青天の霹靂でした

11月16日は私にとって今後、何よりも最悪な忌日となりました。

いつも当たり前のようにある空が、ある時に突然パズルのように崩れ落ちて、すべての景色を一変させた最悪の忌日で絶望となりました。

ポメミさんも、さぞお辛かったと心中御察します。
もう、辛いどころじゃなかったと、心から心中御察しいたします。愛犬が急に天に召され、あまりに突然で、あまりに信じられなさすぎて、あまりに受け入れる事が無理すぎて、とても現実として受け止められなかったと御察しいたします。

今、私がそこのところにいる真っ只中で辛いです。

いつも一緒にいた愛犬が、今ここ居ないのが不思議でならすわ、火葬後に遺骨となった姿が信じられなさすぎて信じられず、、。

そして、これまで一緒に過ごした12年間が
あまりにも あっという間すぎ、まるで昨日ようで、まるで夢だったかのように一瞬に思え、もしかしたら すべて夢だったのか?と今まさに、そんな気持ちで現実と思い込みとが錯綜してたところで、ポメミさんの書き込みを見つけ、お便りせずにはいられなくなり、投稿をさせて頂きました。

その後は、いかがでしたでしょうか。

時間は、少しは衝撃と苦痛を和らげてくれてるでしょうか?

凄く、とても とても とても気になります。

まだまだ聞きたいこと、話したいことが、何から語ってよいか解らないぐらいの想いであります。



突然の悲しみ No.866
小山 恵美子さん 新潟県柏崎市桜木町23ー36 59歳 - 2019/11/27(Wed) 06:10
10/16いつもの様にさくら🐶とそら🐶(ミニピン)を連れて近くのドッグランに遊びに行きいつも通り知っているワンチャン達と走って夕方、帰る時、そら🐶を先にリードをかけて扉の外側に縛ってさくら🐶にリードをかけ様とした時、出入り口でそら🐶を縛っておいた場所に秋田犬が襲いかかり噛まれ、それでも必死にリードを緩め逃げたのですがもう意識がなく手足が冷たくなりながらも病院へ向かいましたが動く事なく17日朝方、病院で亡くなりました。1才2ヵ月でした…
威嚇もしてない犬になんでと思い辛い日々です。相手には亡くなった事を伝えると明るい声で「保険で出るって」と言って私も悲しくなり治療費だけでなくかかった費用請求しましたが家に来たのは亡くなってから四日後でした。それも弁護士に相談していて遅くなったとかで犬の事は飼い主同士で話し合うものだと思っていましたが違ってて十万円払うのに念書まで書かされ愛犬を失った悲しみとこんな嫌な思いもして毎日、涙が止まりませんでした。その上、大型犬が小型犬を噛んだという事で私の知らない所で噂になり相手からは相手の犬の事を言ったら十万円は返してもらうとまで言われ自分の犬が何をしたのか思い出して欲しいと悲しくもあり守ってあげられない事に悔やんでも悔やみきれません。相手の犬は犬を噛んだのはこれで三回目です。十月末には私が具合が悪くなり十一月にはさくら🐶が具合悪くなり今でもそら🐶のゲージに入って帰って来るのを待っている様です。


Re: 突然の悲しみ No.867
やっちん - 2019/11/27(Wed) 18:58


ひどいなあ。そもそも秋田犬は大型犬で、檻に入れて飼う義務があり、散歩のさいは、放し飼いは認められません。泣き寝入りしないで、亡くなったそらちゃんのためにも頑張って下さい。
弁護士を立てるなら、法テラスにご相談下さい。費用も安く、懇切丁寧です。


Re: 突然の悲しみ No.868
小山 恵美子 - 2019/11/28(Thu) 03:39


やっちんさん 有難う御座います。そらの為に出来る事はやってあげたいのですが、今回は念書がネックになっていた様で後で弁護士さんに聞いたのですが裁判を起こしても十万円取れるけど弁護士費用で0かマイナスになるのであってはならないけどさくらの時に何かあったらすぐ電話下さいとおっしゃって下さったので何も知らなかった私へそらからの贈り物だったのかもと思う様にはしてますがまだまだ時間がかかりそうです。


Re: 突然の悲しみ No.869
やっちん - 2019/11/28(Thu) 13:15


その秋田犬をなんとかしないと、第二、第三のそらちゃんが犠牲に為りかねず、ましてや人(特に子供)を襲撃してからでは遅いです。
秋田犬は、もともと大変おとなしくて素直です。今回の秋田犬は、虐待などを受けていた可能性があります。犬を噛んだのが三回目となれば、殺処分が相当です。
なお、念書には法的拘束力はありません。
法テラス(国の管轄)、警察などに相談して下さい。


Re: 突然の悲しみ No.870
小山 恵美子 - 2019/11/28(Thu) 16:56


早めに時間を取って動いてみます。多くのアドバイス有り難く思っています。


Re: 突然の悲しみ No.871
やっちん - 2019/11/30(Sat) 06:39


そらちゃんのご冥福をお祈りします。


無題 No.858
辛いさん 北海道 歳 - 2019/11/11(Mon) 11:46
明日で3ヶ月になるけど。まだ寂しくて会いたくて声が聞きたくて触りたくて泣いてる。最期の方の苦しそうに鳴いて寝れない姿が忘れられない。辛い。
病院も何件も行ってやれる事は全てやったけどそれでも治してあげられなかったのが申し訳ない。最初通ってた病院で少しおかしいな?って思った時様子見ましょうって言われて、その時に病院変えてれば薬の投与が早ければ違かったかも…なんてタラレバをいつまでも考えてしまう。
最後通院してた病院ではほんとに親身になってもらったけど、亡くなった後に薬の投与の仕方を変えればもうちょっと効いたかもしれないなんて聞かされて。もうあの子はいないのに今更そんなこと言われたって。メンタルはズタズタ。
他に2匹いるけど正直代わりになんてならないし代わりに心の傷を埋めることは出来ない。2匹の世話をしてるとあの子を思い出して泣いてしまう。これからの時期を一緒に過ごせない、去年の冬はああだったなって世話をしてて感情がぶり返してしまう。
2匹は2匹で可愛がってるけど元々あの子は特別だったから同じくらいの愛情はなくて、放棄もしてないしそんなこともないんだろうけど、犬に対して世話が疎かになった気がするのが申し訳ない。今までが逆に過度だったのはあるけどさ。
仕事も動物関係だし思い出さない事は無くて仕事中も思い出して泣いちゃうし今は何をしてても楽しくない。あの子がいなきゃ何もない。幸せだった頃に戻りたい。


Re: 無題 No.859
フレブル - 2019/11/12(Tue) 11:16


初めてコメントします。心中お察しいたします。

先月の10月5日に4歳6カ月で突然死で逝ってしまいました。
それから毎日同じような方のブログや書き込みなどを探して読んで涙する毎日です。
本当に皆さん苦しんでおられます。精一杯介護をやってこられた方でも。
もうどうしようもないのでしょうね。
こんなに会いたいのにこんなに抱きしめたいのに運命は本当に残酷です。
あんなに当たり前にあった幸せをあっさりと奪い去っていくんですから。
40数年生きてきてこんなに辛いことがあるのだと知りました。
もう本当に苦しくて苦しくて。
それでも日常はやってくるんですね。
いつも、いつも、どこで何をしていても頭から離れることはありません。
すみません。ただただ同じように苦しんでいる者がここにもいます。という事をお伝えしたくて。、


Re: 無題 No.864
辛い - 2019/11/26(Tue) 23:58


フレブルさん
定期検診をしてたとしても、本人が普通に元気だったとしても突然の別れってあるんですよね。きっと、どこにもやり場のない怒り悲しみ不安が続くんですよね。変わらない日常にあの子だけがいなくて、あの子と過ごした12年間が本当に幸せだったなと泣いてしまいます。フレブルさんもお辛いとは思いますがこれから寒くなりますし、どうかお身体に気をつけて下さい。ありがとうございます。


私も一緒に着いて行きたい No.863
大好きさん 栃木県 35歳 - 2019/11/26(Tue) 16:34
一昨日、私の宝、人生の全てだった愛犬を私の愚かさで亡くしました。もう少しで13歳でした。本当に馬鹿な私は、バックの中にキシリトールガムを入れたまま出かけて、私の留守中にそれを出して全部食べていました。2日後、また食べてしまいました。私は犬の食べてはいけないものは知っていたつもりでしたが、本当に無知でした。キシリトールが毒だなんて知りませんでした。それから一週間たっても愛犬は元気でした。二週間近く経って朝方嘔吐したので、たまになる胃腸炎かなと思い病院につれていきました。それからどんどん悪化し、立てなくなり水もご飯も飲めなくなり、毎日何度も苦しそうに吐いて、血しか出なくて。呼吸もどんどん荒くなり寝たきりになり五日間とてつもなく苦しそうにして最後は病院に行きたくさんの血を吐いて見ていられないくらい苦しみながら死んで行きました。こんな愛しい子がなんで苦しんで死ななくてはいけないのか。寿命だってまだまだあったのに、なんで寿命じゃないのに死なせてしまったのか。自分を責めても責めても、償いたくても、私が変わってあげたくても全部無理です。どうしていいかわかりません。もう一匹、今年飼ったばかりの犬がいるので苦しくてもその子の世話をしなくてはいけない、でもどうしても重ねてしまい辛くて仕方ありません。本当に私も居なくなりたいとしか思えないです。でも居なくなれない。頭がおかしくなりそうです。あの子が居ないのが怖くて仕方ないです。あんなにご飯が大好きだった子が何も口にできなくなるなんて人生で初めてでした。そんな風にさせてしまったのに自分がご飯を食べるなんて罪悪感しかないです。苦しんだ顔が頭から離れません。病院に行くたび私に助けを求める目が忘れられません。これからの人生が怖くて仕方ありません


後悔している No.844
aaaさん 北海道 歳 - 2019/10/26(Sat) 07:19
去年8月頃の健康診断で腎不全、去年9月頃から癌があった20歳近い猫でした。
1年程療法食を続けましたが、今年6月頃から月500gのペースで体重が減り始め(癌性悪液質)たため、療法食でなく食い付きの良い総合栄養食も(腎臓用サプリや薬と一緒に)与えるようになりました。その後さらにどんどん食べるものが少なくなっていったため、9月頃からは総合栄養食に拘らずに一般食でもおやつでも食べるものなら何でも片っ端から試してあげていました。
10月中頃からスープやペースト状のものしか口にしなくなり、日に30kcal位しか取らなくなって4日位経った頃(この時点では、体の細さは目立ち日に2-3回吐くものの、たまにゴロゴロ喉を鳴らしたり、たまに歩き回ったりとまだそこまで体調が悪そうには見えませんでした)、風呂場に執拗に行きたがり、風呂場の床の水を舐めました。その3時間後位に嘔吐、それから12時間の間に6回ほど嘔吐し(この時点で病院に行き事情を説明した上で吐き気どめを注射、以降嘔吐は無し)、ついにスープも飲まなくなり、数時間後に水も飲めなくなり、そしてその2日後に私のベッドの上で看取りました。最後2日間は目を閉じずに眠れない様子でぼうっとしていて、飲めないのに水を飲みたがっていましたが、次第に歩けなくなり、最後は痙攣や失禁を繰り返して亡くなりました。

私の後悔は、風呂場の床の水を舐めさせてしまったこと(それが原因で嘔吐が酷くなったのか)
また、スープを飲まなくなった時から猫は涼しい場所(リビング、風呂場など)に行きたがっており低体温になっているのだろうと思ったにも関わらず猫の好きにさせて積極的な保温はしなかったこと
脱水を起こしているだろうと思っていたのに(自宅でやっていた)皮下点滴の量や回数が少なかったのでは無いか(日に1回75ml)(最後まで猫は嫌がっていました)

前々から、随分考えて延命治療はしないことを決めていましたが、もっと栄養剤注射等をすれば、もしかしたら回復したのではないか
猫はきっと生きたいと思っていたはずなのに、保温して皮下点滴の量も回数も増やしたら回復したのではないか

あれをすればこれをしなければと後悔が浮かび上がります。


Re: 後悔している No.846
モグ兄 - 2019/10/27(Sun) 23:19


 aaaさん、 おつらいですね。 20歳近くまで頑張った猫ちゃん立派だと思います。猫も20歳というともう相当な高齢ですよね。うちの猫も20歳と7カ月で天に上りましたが、aaaさんと同じで最後は日に日に弱っていきました。私も最後は医者に連れて行ってそれも2度も点滴させてしまったりしましたが、あれは余計なことだったなと今でも後悔しています。最後は自然に任せてやればよかったなと。唯一の救いは看取ることができたことです。
aaaさんの猫ちゃんもaaaさんと一緒に過ごせて本当に幸せだったと思います。終末期のようすが頭に残って本当につらいですが、でもその前は楽しい思い出ばかりだったと思います。猫ちゃんはきっとaaaさんに大感謝して、(体が動くならもっと一緒にいたい。と思ったかもしれませんが)旅立ったと思います。何をしてもしなくてもきっと後悔は残ります。どうかご自分を責めることだけはしないで、楽しかった猫ちゃんのことをいっぱい思い出してあげてください。


Re: 後悔している No.862
びびちゃん - 2019/11/16(Sat) 05:29


私の愛猫も、一年前に腎臓病で亡くなりました。
後悔されている三点に関してですが、
うちの猫は亡くなる半年くらい前から外のコンクリートを舐めるようになっていました。病気によって体内のミネラルのバランスが崩れていたため、恐らく舐めてなにかを補給していたのかな…と思います。風呂場の水もなにか猫ちゃんに考えがあったのかな?と思ってしまいます。
次に保温をしなかったことですが、うちの猫も亡くなるときは自ら、夏用のひんやりするアルミの板の上に横たわりました。最期は冷たい場所の方が本人は楽だと云う記事も読んだことがあります。
最後に皮下点滴ですが、最期は体の機能が落ちてしまうため、点滴が多いと逆に肺に水がたまってしまうようです。私はそれを読み取れず点滴をし、横たわることができない、寝ることができない状態にしてしまいました。本当に馬鹿なことをしたと思います。もう最期の方は、点滴の量を減らさないといけない、逆に辛くなるんだとそのときわかりました。
だから、猫ちゃんのしたいようにさせてあげたaaaさんは間違ったことはしていないのではないかと、読んでいて思いました。ただ、何をしても後悔してしまうものだ、と読んだことがありますが本当ですね。。


昨日愛犬が逝きました。 No.742
めい1021さん 神奈川県 38歳 - 2019/05/12(Sun) 23:03
昨日、16年半生きたダックスフントが虹の橋を渡りました。
すごく元気だったのに、4日前から急に息苦しそうにしていて、ご飯を食べなくなりました。慌てて病院へ連れて行ったら肺がんで、肺に水をが溜まっていて、もって1ヶ月半とのこと。安楽死も提案していただき、家族で話し合って安楽死を決めました。辛そうな姿は見ていられなかったから。病院の予約を取り、最後の夜はずっとそばにいようの決めていたのに、夕刻に息を引き取りました。寝顔は安らかだったので、楽になれてよかったなって思ったのに。今は逢いたくてたまらない。病院の先生には16年も生きたのだから不足はないって言ってくれて、精神的には楽になったのに。
やっぱり寂しくて泣いてばかり。夢でもいいから会いにきては欲しいのに。
もう天国に着いたかな。元気にしてるかな。もっといろんなところ、いろんな場所に連れて行ってあげたかった。幸せだったかなぁ。
尻尾をふる仕草、お腹を出してさすってよ〜って甘える仕草、抱っこしないと吠えて脅迫してくるところ。笑
全部大好き。
元気でね。また逢おうね。


Re: 昨日愛犬が逝きました。 No.783
ミニチュアダックスのココ - 2019/08/07(Wed) 22:51


私のところのダックス(ココ)は5月11日に17歳9ヶ月で逝きました。あと少しで18歳の誕生日だったのですが、、、。
1年ちょっと前に膵炎になり1週間の入院と通院を経て奇跡的に復活しました。きっと18歳の誕生日を迎えるものと思っていたのですが、前日から水も食べ物も受け付けなくなり、5月11日の朝から病院に点滴をしにつれて行ったところもう治療の効果はない、もって2,3日ですねとの診断。そのまま薬ももらわず帰ってきて数時間で息が荒くなり心臓の鼓動が弱くなって目を閉じたのです。
亡くなった直前の弱々しい老犬の思い出が強くて悲しみばかりでしたが、愛犬のデジタルデータをかき集めて写真集を作ったり、動画でDVDを作ることで子犬の時から元気な若いときの思い出がよみがえってきて楽しい思い出がいっぱいあったなあ、ココとの幸せな時間がたくさんあったなと思うことができました。


Re: 昨日愛犬が逝きました。 No.855
虎太朗 - 2019/11/06(Wed) 18:41


10月31日に溺愛していたダックスの虎太朗を亡くしました。
寂しさ、悲しみ、ツラさ、苦しみ、しんどさ、
たまらない感情で毎日何も手につきません。
私も一緒に行きたい……と思う日々です。


Re: 昨日愛犬が逝きました。 No.856
虎太朗 - 2019/11/06(Wed) 18:44


ウチの虎太朗も16歳6ヶ月でした。
病気と戦っていました。
酸素カプセルにも入っていました。
何を書けば良いか、、頭の中が壊れてしまってる状態ですみません。


後悔ばかりがつのってしまいます No.847
hotcafeさん 島根県 歳 - 2019/10/28(Mon) 17:51
あまりに突然のことでまだ気持ちの整理がついていませんが

最愛のパートナー チヨ(ミックス犬:チワワ&ヨーキー)が10月12日推定午前2時頃、天国へ召されました。10歳6ケ月でした。

かかりつけの医師より、かねてから 僧房弁閉鎖不全症 の疑いがあるという診断をしてもらっていました。
でも、前日の10月11日も、いつもと変わらず元気でいつものように車に乗せて買い出しに一緒に行き、帰ってからもふだんと変わらず過ごしていました。
異変に気付いたのは午後7時半頃 食事を終えてからでした。

サスケどん(オスのミニチュアダックス)のおしっこの処理を済ませたあと、チヨも所定のシートでおしっこをしてたので お腹や足をペーパーで拭き取って お風呂場で軽くお湯で流してタオルでお腹やお尻 足を綺麗に拭き取ったあと 少し時間が経過してからでした。

伏せ の姿勢で座ったまま呼吸に合わせたように頭を上下させながらしんどそうにしてるので、布団に横にさせて休ませて病院に電話連絡しましたが時間外で連絡はとれず その後容態が悪化 午前2時頃でした。

お腹や胸など おしっこで少し濡れていたのを拭きとったあと、これでOK!ってお腹を手のひらでポン! とたたいたことがよくなかったのか 思い返してみてもほかに思い当たることがありません。

ひとり暮らしの自分にとって、あの子がいるからこれまで頑張ってこれた (もちろん サスケどんもそうですが・・)

それくらい 心の支えでもあり、最愛のパートナーだった チヨを失ったこと この事実をまだ受け止められていない状況です。

チヨが亡くなって2週間が経過しましたが、あのとき 足を拭くだけにしておいてあげればよかったと後悔ばかりがつのって胸が締め付けられるような思いになります。


Re: 後悔ばかりがつのってしまいます No.849
クリン父さん - 2019/10/29(Tue) 22:14


辛いですよね…
でも自分を責めてはいけませんよ
自分も2ヶ月前に12年2ヶ月育てたチワワ
3年間闘病の末、癌で亡くしました
最後は看取ってやれませんでしたし
未だに泣かない日はありませんが
今はあの子が痛み苦しみの無い所に行けてる事を
日々祈っています。

ウチは他に僧帽弁閉鎖不全症のチワワの子が居ます
精密検査で確定診断されてます心臓薬を1年程飲んでいます
お腹をボンと叩いた位で発作が起きるような事は無いと思います
だから自分を責めないで下さい…
49日まではあなた傍に居るはずです
自分を責めて悲しんでるとチヨちゃん心配で
悲しみます…
今は辛いですけどチヨちゃんが無事に
痛み苦しみの無い世界に行けるように祈ってあげて下さい。


Re: 後悔ばかりがつのってしまいます No.851
hotcafe - 2019/10/30(Wed) 13:08


クリン父さんさんへ

ありがとうございます!

2ケ月前に、ご愛犬を亡くされたとのこと ワンちゃんのご冥福を心からお祈り致します。
チヨ・・ 亡くなる日(12日未明)の前日の夕刻まではいつものように元気でいました。 ほんとに突然のことでしたのでショックでした。
可愛いしぐさや表情が幾度も浮かんできて涙してしまいます。
チヨにはいっぱいいっぱい癒しをもらいました。 あの子のために、精一杯の感謝を込めて毎日祈ってあげたいです。
ブログ(愛犬と、ちょっと気になる音楽と)にもコメントをたくさんいただいてて、私もチヨも幸せです。


無題 No.841
虹の橋さん 北海道 歳 - 2019/10/22(Tue) 02:36
もう3ヶ月経つけど、未だにバロンに会いたくてさみしい。寝られない。涙が止まらない。
7歳で、悪性リンパ腫だった。
手術ができないところに出来てたから、抗がん剤飲ませるかこのまま看取るかって言われた時は受け入れられなかった。
余命は2ヶ月って言われてて、本当にその通りきっちり守って天国に行っちゃったね。
最後は本当に苦しそうにしてた。いつも舌を出してたし、あんなに大好きなご飯も日に日に食べなくなっていった。
最後の日は特に苦しそうにしてて、生きて欲しかったけど、見ているこっちもつらくて、楽になって欲しいとも心のどこかで思ってた。
同じ部屋にいたのに、起きてたのに、課題が終わらないからってパソコンなんかしてて、最後を看取ってあげられなくてごめんね。ごめんなさい。
撫でたら向こう側へ行ったからそっとしておこうって思ってたの。でもずっと見てればよかった。よく考えたら最後の夜水も口にしなくて様子がおかしかったのに。
朝は私が食べてる蒸しパン立ち上がって手をかけて来るくらい欲しがってばくばく食べてたりささみ食べたりしてたから調子がいいのかなとか思ってたんだよ。
その次の朝に冷たくなるなんて思わなかったんだよ。
気づいた時は深夜3時とかそのくらいだったけど、まだ少しあったかくて死後硬直もそこまでだったからほんの30分前とかに逝ったんだなってわかった。
同じ部屋にいて起きてながらどうして私は…これだけは悔やんでも悔やみきれない。
でも、お父さんも私もバロンと同じ部屋にいたから寂しくなかったかな。
最後の顔の向きもこっち側見ながらだったもんね。
バロン、会いたいよ…
あいたい…ワンって鳴いてよ、もふもふさせてよ、私が食べてるものねだってよ、私の横であの臭いオナラしてよ、足音させてよ、ひっぱりっこに誘ってよ、ねえ、バロン…


Re: 無題 No.850
たえこ - 2019/10/30(Wed) 01:50


ほんとに、会いたい…ですよね。
うちは、今月の27日四十九日でした。
魂は旅立ってしまったのかなと思いつつ、未だに日課だった散歩にお骨を抱いて出ています。
私も隣に寝ていたのに、看取れませんでした。
しかもティーバーを見ていて…最悪です。
未だに後悔です。
なんて言ったらいいのか…
とにかく、私も同じ気持ちです。
またバロンちゃんも同じ気持ちだと思います。
また、一緒にいたいって。
姿形はなくなりましたが、お互いの気持ちは消えることはありません。そう自分にも言い聞かせています。


Sさんへ No.840
馬鹿な私さん 北海道 歳 - 2019/10/19(Sat) 09:54
読んでいただけたこと、そして私の叫び、嘆き、苦しみ、、をわかっていただけて、本当にありがとうございました。
私もSさんの心のうちを読ませていただきながら号泣してしまい、途中から苦しくて、一旦読むのをやめてしまいました。愛犬への覚悟と愛情、本当によくわかりました。飼われた当時は学生さんだったのにとても立派だと思いました。

いくら慰められても、どうしても自分の中では懺悔の気持ちは少しも消えず、毎日あの子に謝ってばかりの日々。決して、時間は解決してくれず、ただ家族の為に、少しずつ立ち直ったふりをしているだけで、私があの子にしてしまったことは、本当にかわいそうで、この思いはしてしまった私にしかわからない、と思っていました。
でも、Sさんの苦しみ、後悔、私と似ていると思いました。
『あの仔に尽くせる人生=私の幸せ、生きがい、我が子のよう』私も全く同じ気持ちでした。私と愛情のかけ方も似ているな、とも思いました。
私にとってもかけがえのない子供だったので、いとこや姪が遊びに来ても『犬』とは呼ばせない『エサ』とも言わせないくらい、うちの末っ子として愛情いっぱい育ててきたつもりでした。私もイベントでは必ず一緒に写真を撮り、ブリーダーさんにも毎年写真を年賀状で送りました。
なのに私は最後の最後に、あれだけ子供と思って育ててきたのに、あの日に限って、喉が乾けば飲むだろう、と安易に考えてしまいました。あの子の性格はわかっていたはず、嫌なものは嫌、一度懲りたことは絶対にしない子だったのに。今更気づいても遅過ぎです。
でもまさか、喉が渇いて死ぬほど苦しいのに、お水を飲まないなんて、そこまで嫌なことだったなんて、本当にわかっていませんでした。私が一番あの子のことを理解しているんだから大丈夫、Sさんの言う、自分で守るという責任!と同じ思いかなと思いました。でも私は守るどころか、ただの思い上がりでした。
そして、Sさんが、乳腺腫瘍を早期に発見できたことに安堵してしまったように、私も手術前は、オシッコの色や食事、お水は飲んでいるか、便秘はしていないか、と気にしていたのに、術後、以前のように私のところに走り寄ってくるあの子の姿に元気になった!と安堵してしまい、お水の量や便秘のことを気にかけていなかったと気づきました。あの子は本当は私のために最後まで元気な姿を一生懸命みせてくれてたいたのかもしれないのに。あの子は私が思う以上に私のことをいつも思っていてくれていたのに。

とてもやきもち焼きの子で私と主人が2人で出かけることが嫌いでした。なのにあの日は、2人で出かけてしまい、、
僕は苦しいのにな、ママはパパとでかけちゃうのか、とそんな思いをさせたまま最期一人で逝かせてしまいました。苦しくて、さびしくて、ママーと叫んでいたはず。私をずっと待っていたはずなんです。虐待で罪に問われてもおかしくないくらいに、非道で残酷なことをしました。

もしもあの子の命が短いとわかっていたなら、絶対にこんなことはしなかった。なぜ私は先生に、あの子の余命、今後の状況を確認しておかなかったのか。なぜストレスでかわいそうと、液体の物に変えてしまったのか、あのままタブレットを粉にしてチュールであげていれば、お薬をあげるストレスより、お水を飲めないストレスの方が辛くなかったはずだし、今頃もっと元気に駆け回っていたかもしれないのに。せっかく先生に助けていただいた命を私は自分で…
本当に馬鹿で愚かで情けないです。

でも、Sさんはそこは私とは違うと思うのです。早期発見してあげて、ちゃんと病院にも連れて行ってあげて、できることはちゃんとしています!手術中に起きてしまったことは、Sさんにはどうにかできることではないです。本来なら手術すれば助かる命だったんだと思います。でも、急変により呼吸器不全になってしまったことは、Sさんには予想もしていなかったこと。私のように元気になった術後間もない子に家にいながら、脱水にさせてしまい急に逝かせてしまったのとは、全然罪の重さが違うと思うのです。

ただ理由はどうあれ最後に看取ってあげれなかった悲しみ、辛さは本当に痛いほどわかります。Sさん自身もお辛いでしょうが、その仔もきっと会いたかっただろうな、何か言いたいこと、伝えたいこと、あったろうなと思うと、今も書きながら自分の事とも重なり涙がでます。

私もSさんと同じで、術後には手作りのササミをあげようとか、シジミのスープをあげようと不安な気持ちでいっぱいながらも作って待っていました。術後も、なるべく手作りの方がいいかなと、せっせとササミをカリカリに焼いてあげたりして。でも今思えば、喉が渇いているのに、カリカリのササミを食べさせて、本当にごめんね、としばらくはキッチンに立つと涙が出ました。あれからササミも見たくなくてずっと買っていませんでした。でも、一人暮らしをしている子供たちもササミ料理が好物で、今日息子が帰ってくるので、これを機に辛いけどササミを買わないとかな、と思っています。ササミを見たら、きっとあの子を思い出してまた泣けてしまいそうです。

Sさんのご家庭の事情、深いところはわかりませんが、Sさんが勝手に飼ってきたとはいえ、ご家族の方が可愛がってくださっていたのなら、きっとご家族の皆さんも優しい方々なのではないかと思います。動物を可愛がる人に悪い人はいないといいますよね。ただ原因はわかりませんが、Sさんとの関係にはヒビが入ってしまってその修復が難しかった。でも、そんな環境ながらも、その仔はご家族の方に愛され可愛がってもらえていたなんて、ご家族にとっても癒しを与える可愛い存在だったんだなと思いますし、もしかしたらそんな環境をわかっていたからこそ、自分の存在でSさんとご家族が上手くいくといいなと思っていたのではないでしょうか。
Sさんから見たら、ご家族の方に懐いていた様に見えたかもしれませんが、そうではなく自分を可愛がってくれるご家族だから、優しいよ、と伝えたかったのかもしれないと思いました。その仔は、誰よりもSさんが1番大好きだったに決まっています。その仔を見つけて学生さんなのに我が子のように可愛がってくれていたこと、就職して家を出てからもすぐにお迎えに行ってあげたこと。その仔には十分伝わっていたと思います。娘も今大学生ですが、一人暮らしの為、本当なら毎日一緒にいたかったけどいられなくてごめんね、と泣いていました。手術の日も帰ってきてくれて、術後だったのに、娘が帰ると大喜びで歩きだし、一緒にソファに乗りたいと、スロープを上がろうとしたくらいでした。会っていなくてもそれくらい愛情は伝わっているのだから、Sさんの愛情は、十分に伝わっていたと思うし、ご家族のもとに置いていかれてしまったら、それは悲しんだと思うし、お迎えに来てくれてどんなに嬉しかったことか。私はSさんと一緒にいらることを、その仔も望んでいたと思います。それは自分もSさんと一緒にいたいという思いだけでなく、Sさんを元気づけたい、癒してあげたい、話し相手になってあげたい、側にいたい。私たちがその仔たちに思う気持ちと同じ気持ちをその仔たちも持っていたと思うからです。だから、そこは悔やまないでください。その仔はSさんと一緒にいられて幸せだったと、私は本当に思います。

夜、寝る前には毎日声をかけていますが、まだ私もごめんねしか言えません。
早く生まれ変わってママに会いに来てね、ママも絶対に会いに行くから待っててね、と言う反面、ママのこと怒ってるかな、許してくれないかな、もうママには会いたくないか、とも思ってしまいます。
でも私はあの子が私を待っててくれなくても、絶対に会いに行きます。会って謝りたいし、どうしてももう一度あの子に会いたい。
会いたい。会いたい。今も本当に会いたい。

『全部全部私のせいです。苦しめただけじゃないか、こんな最低な飼い主なんかいない、死ぬほど大好きで大事だったのに。馬鹿で愚かで、償いたくてももういない。何万回謝っても、それでも足りない、報われない、許されない、憎まれても仕方ない。あの仔は私にこんなにも幸せな時間と思い出をくれたのに。なぜ私が生きているのか。
何回大量に泣いても、謝罪の気持ちが薄れることはありません。往生際が悪いと思われても仕方ありませんが、未だに使っていた物や薬など片付けることは当分できないと思います。当時の服も触れただけで頭が締め付けられ、苦しい嗚咽とともに涙が溢れます。でもあの仔の方が苦しかった。亡くなってから後悔するなんて最低でありえません。できることなら、あの仔の前で何度も何度も謝りたい。』Sさんの言葉。
私の心の叫びと、こんなにも同じ気持ちの人がいらっしゃったこと。あんなに探しても探しても同じ思いの人はいないと思っていたのに。しかも、傷の舐め合いを求めているんじゃないということ、それも同感で同じ思いの人がいたから慰められるわけではないですし、慰めてほしいわけでもないんですよね。すごくわかります。でも、自分のどうにもできない懺悔の思い、Sさんが言う行き場のない後悔と苦しみがわかってもらえたような気がして、私は少し救われました。どちらの罪が重いかなどと、罪の重さ比べをするつもりもありませんが、でも私のように思い上がり、無知な思考に気づきもしないで、自らあの子を逝かせてしまうような大罪をSさんが背負わなくてよかったと思いました。きっとあなたは優しすぎて、辛すぎて生きてはいけなかったと思うから。

あの子がいないポッカリ空いた穴。埋める為に、次の温もりが欲しい!と思ったりもしましたが、やっぱりこんな私にはそんな資格はないんですよね。それに自分だけ苦しいからって心の穴を埋めようとするなんて、あの子の最後の苦しみを思ったら申し訳なくて。あの子だって私とまだまだ一緒にいたかったはず。撫でて欲しかったはずなのに、それができない。なのに自分だけ。苦しみから逃げてはいけないですよね…

とても長文になってしまいすみません。でも、私が言いたかったこと、どんなに吐き出しても辛かったけれど、同じくらい辛い思いの人がいたということ、わかってくれる人がいたということ、有り難かったです。
何をどうしたらいつになったらこの辛い思いは消えるのか、いつかあの子にありがとうと言える日がくるのか、未だわかりませんが、今はまだ会って謝りたい、全てSさんと同じ思いです。


無題 No.834
馬鹿な私さん 群馬県 歳 - 2019/10/09(Wed) 14:23
頭がモヤモヤします。私は何を言いたいのか、気持ちをどう伝えたらいいのか、わからなくなってきています。
血管肉腫と診断され、術後の経過もよく、元気な様子に先生の方が驚くほどで、今はまだ大丈夫でしょう、3週間後に来てくださいと、言われ、今後どんな経過をたどっていくのか、何に気をつけたらいいのか、そして一番大事な、この子の余命はあとどのくらいなのか、、
あの子がいるところで、それを聞くのが嫌で、聞きませんでした。
でもちゃんと聞いていたら、短い命とわかっていたなら、それなりの覚悟もできていたし、もっと慎重になっていたはずなんです。
とてもいい先生で、よくお話も聞いてくれるし、病院嫌いなあの子が、この病院だけは大人しくいい子にしていました。あの子も、命を助けてもらったことを感謝していたんだと思います。
私が一言、お水を飲むのを嫌がるようになってしまったと電話でもいいので聞いていたら、やはりまだ術後1か月なので、タブレットのお薬に戻してみます、とお薬をもらいに行っていたなら。あの子は今でも元気に私の側にいてくれたと思います。
手術の日、泣き泣き迎えに行った私を見て、大変な手術だったのに嬉しそうに軽く足をついて見せてくれたこと、心配して終電近くになっても帰って来てくれた娘の顔を見て、それまで私の側で寝ていたのに、とても元気に歩きだし、あげく、疲れて果てふーふーしていたあの子のことを思い出しました。
あの子は、辛い顔を私たちに決して見せなかったんです。あの小さい体でいつも笑顔で、頑張って、私たちを癒してくれていた、、
だから、あの日もわからなかった、気づいてあげれなかった、でも、会えなくなってしまうなんて、きっとあの子もわかっていなかったのかもしれません。
ママはすぐ帰ってくるよね、ちょっと苦しいけど我慢するね、そう思っていたのかも、、

やっぱりごめんね、ごめんね、それしか言えません。でも、私が悲しまないように、いつも頑張ってくれていたあの子に、私がいつまでも泣いていたら、きっと僕が間違っていた?悪いことしちゃったのかな?と、思ってしまうかもしれないから、元気にならないといけないんですよね。

わかってはいるんです。どうあがいても、悔やんでも、あの日に戻れないことも。
でも、病気で体調を崩していく子を見送って行く方がほとんどなのに、日に日に元気な姿を見せてくれて頑張ってくれていた子を逝かせてしまった私の罪は重いと思うのです。
あの子は私をずっと待っていたはずです。
ママが来るまでもう少し、あともう少し頑張らなきゃ、と。
苦しい思いさせてごめんね、辛い思いさせてごめんね、ダメです。あの日の感情がまた蘇ってきてしまいそうです。
何を伝えたらいいのか、自分は何を言いたいのか、またわからなくなってきました。

ごめんなさい。少し頭を休めます。ごめんなさい。


Re: 無題 No.836
K.N. - 2019/10/10(Thu) 17:17


返事遅くなってごめんなさい。
病期で体調を崩していく子を入院やある事情で見送れなかったと書かれている方もたくさんおられます。
少しでも見てやりたかったと。

でも、私は見送った側として言いたいです。
本当は、入院させたかった。どう介護していいのか、全然わからず、だんだん痩せていく猫を見るのもつらいし、どうしてやることもできない自分が歯がゆい、猫も食欲なくなるけど、こちらまでしんどくて食欲なくなっていきました。ましてや、勤めてないので、少しでも外出している間になくなっているのではと思うと、通院していても、買い物していてもさっさと足早に帰っていました。

病院によほど、入院させてくださいと言いたかったけど、病院に行くとキャリーから出すと逃げ回りみんなで追いかけまわして捕まえ、家に帰ると毛がごっそり抜けたので、病院としては、そんなにきらいなのなら、入院することでかえってストレスで早くなくなるかもしれないからと、通院にしてくださったのです。でも、今となってはなぜあの時、自分がしんどいからと、入院してくれたほうがましなんて思ったのかわかりません。ただ、治療方針の全くない病気で、ただ、延命に通っているようなもので、主人も最後のほうは、点滴打った時だけ元気で翌日はすぐ動かなくなるので、もう通院やめようかと言っていたのです。その時やめていたら、もう少し長く生きたかもしれない。だけど私のしたことで、病気にさせたのだからと、通院させてしまったことで、いまだに後悔が残っています。治療法がないのであれば、嫌いな通院で余計ストレスを与えてしまった。後悔です。

どうか自分を責めないでくださいね。こうして書くことによって、少しでも紛れてくれればいいのですが。今は書いていても、思い出すと思います。
それでいいのです。書いているうちにだんだん心の片隅に置けるようになってきますから。今月より来月、来月より、またその次の月、少しずつゆっくりと心の片隅に置けるようになってきます。ただ、あまり思いつめると、私は薬飲んでましたが、それでも鬱っぽくなったので、お体気を付けてくださいね。少しでも食べて、寝てくださいね。


Re: 無題 No.838
S - 2019/10/17(Thu) 01:51


馬鹿な私さんへ
読ませて頂きました。実は私も自分の不注意どころか自分のせいで大事な愛犬を苦しませてしまいました。
私は元々家族と仲が悪い環境でしたが、昔から動物が好きで18の時に愛犬を勝手に買って帰ってしまいました。当時は実家でしたが、家族とは仲が悪かったので私は基本、部屋と玄関の行き来のみの生活でした。ただ私の部屋が比較的広かったので、自室だけで飼うと決めて世話を始めました。当時はまだ私も大学生で、日中は学校で土日はバイトという日々でしたが、自分の命よりも大事になっていった存在で、何もかも自分で世話をしていました。体調が悪い時は学校を休んで病院へ朝一で行ったし、直前に友達との旅行をキャンセルした時も多々ありました。お散歩も学校から帰ってから行くし、夜に友人としょっ中していた食事やオールも基本止め、あの仔に尽くした日々でした。シャンプーからワクチンから何から何まで、全て自分でやっていました。本当に本当に、あの仔に尽くせる人生=私の幸せとなり、生きがいどころかまるで自分の子供と感じていた位でした。
最初は家族から非難されましたが、可愛いと思ってくれた様で、私のいない日中に沢山遊んでくれたり、おやつをあげてくれたりしていた様でした。ただ私との関係は良くなる事は一切ありませんでした。
でも愛犬にとって、一切怒らず躾もせず、おやつも好きなだけくれて欲望を何でも満たしてくれた親に対しては、むしろ私より懐いてしまったんじゃないかと思う位、見てて分かる程、親のいるリビングへ常に行きたがりました。そこは仕方無いと感じ、渋々リビングへ行かせてあげたりという日々が、私が25歳あたりまで続いてました。
ですが25歳の時、今迄に無いレベルで親と衝突し、私はその場で家をすぐに出る事になりました。本当にその場で出て行かなきゃいけなかったので、ただ財布だけ持って出て行き、数日は友達の家に泊まらせてもらい、その間に賃貸を見つけという環境でした。財布以外何も無いので、必要な物は友達から借り、他は買って揃えました。
頭の中にあったのは、家に置いてきた愛犬の事で一杯で、早く迎えに行きたいという気持ちと、生半可な気持ちで連れて帰った訳では無い当時の思いが強く心にありました。
愛犬を初めて見た時、家族の了承無しに自分の意思だけで連れて帰るのだから、金銭面や世話含め、この仔の生涯に責任を持たなければならない、最低でも10年は一緒にいるだろう、10年後なんて自分がどうなっているか分からないけどそれはこの仔に関係無い、自分がどんな状況であろうと変わらず大事にし、世話をし続けていく事を誓って契約書にサインをし、連れて帰ったんです。だから今こうゆう状況だけど、途中で投げ出すつもりは一切ありませんでした。
だから早急にペット可の賃貸を借りました。そしていざ迎えに行く際ですが、親がいる時間は家に入れてもらえ無いので、いない時間に帰るしかありませんでした。約3週間振りに愛犬と会い涙が止まりませんでした。キャリーバッグに入れ、新居へ連れて帰りそこから愛犬との生活が数年続きました。
ただこの時、いくら私の決意や責任があろうと愛犬の事をもっともっともっと考えるべきだったんです。
私と親の仲は最悪でしたが、愛犬はむしろ何でもしてくれる親が大好きだったに違いありません。なのに自分の誓った責任を振りかざし、親とお別れの瞬間も無く連れて来てしまったんです。本当は心の中では親に会いたかったに決まってます。私の年齢的にも就職していたので、学生時より帰りも遅かったです。それでも散歩は欠かさなかったし、おやつもご飯も手作りし出来立てをあげて、誕生日もクリスマスもイベント全部犬用の食べ物を用意して過ごしました。
朝一で病院に行かなきゃいけない時は、会社を休みました。ドッグランにも休みの日に連れて行きました。早く帰ってあげたくて、会社の行事や飲み会は基本キャンセルしていました。私なりに愛犬へ尽くした毎日でした。でも愛犬からしたら、突然親と会えなくなり、知らない場所に来て、そんな風な感じは無かったけど、寂しかったに違いありません。
どうして、どうして、私はこんかに愚かだったのか、愛犬を大事にしているならどうして、もっともっと早くに行動出来なかったのか、もう何千回悔やんだか分かりません。
一人暮らしをして数年後、愛犬に乳腺腫瘍が見つかりました。ただかなり初期で、取ってしまえば問題無いから、一応悪性かどうか検査に出しましょうと言われました。
一人暮らしをしてからずっと診てくれていた先生で、地域の信頼も厚い病院でした。それに実は私も数年動物関係の仕事をしており、この初期レベルの摘出手術はかなり簡単なもので短時間で終わる事も分かっておりました。病歴も無かった愛犬だったので、事前検査も問題無く、処置をお願いしてしまいました。
早く見つけられて良かったと安堵する思いの方が強い位で、午前中で終わるから昼にお迎えをどの事でした。
しかし、昼に急に電話があり麻酔覚醒中に急変して苦しそうと連絡がありました。訳も分からず、むしろ家で今日は頑張ったから好きな笹身の手作りご飯を作り終えた時でした。
状況も言ってる意味も分からなくて、取り敢えず無我夢中で走りました。正直この辺りから衝撃的な苦しさ以外の記憶がほぼありません。
筆者様が書いていた通り、あまりにも急過ぎる苦しい悲しい状況だと人間て涙が出ないんです。
愛犬は呼吸器不全でその日の夜に亡くなりました。亡骸を抱えた時も、涙なんか出ずとにかく頭がおかしくなりそうな気分でした。しかも亡くなったのは深夜だったので、病院から深夜に電話があって震える足で走りましたが、間に合いませんでした。
あの仔は、最期まで大好きな親に会えず、私も間に合わず亡くなったんです。

全部全部、私のせいです。
責任?何が責任だ、苦しめただけじゃないか、こんな最低な飼主なんかいない、死ぬ程大好きで大事だったのに、もう大好きと言う資格も無いです。
馬鹿で愚かで、命よりも人生かけて大事にしてた存在に対する行為じゃありません。私は生きていくのも申し訳無いと思っています。
償いたくてももういない、あの仔の写真の前で何万回謝って、お線香をあげて、泣いてるか分かりません。でもそれでも足りないと、報われない事は十分分かってます。許される事じゃないです。愛犬に憎まれても仕方ありません。
今もこの文を書いてる間も、涙が溢れて謝罪の気持ちで一杯です。あの仔は私に幸せな時間と、これ以上無い思い出を沢山くれたのに、恩を仇で返している様なものです。最低以下です。何故愛犬が死に、私が生きているのか、私にはそんな価値も無いしこれから幸せになる事なんか許されないのに、生きてしまっている事が苦しいです。もう後悔し過ぎて、そればかりの思いしかありません。
毎日ただただ、愛犬の写真の前で大好きだった洋服を握り締めて謝る事しか出来ないです。
愛犬は寂しかっただろうに、私の人生に巻き込んでしまった、愛犬は食べたくても最後好きなものも食べれずに、苦しくてお水も飲めずにあっという間に逝ってしまいました。そんな愛犬の姿が脳裏に焼き付いていて、とてもじゃ無いけど自分が自由に食べたり飲んだりする事が許される事じゃないと感じています。
何回大量に泣いても、謝罪の思いは薄れる事はありません。本当に自分が最低過ぎました。もう動物を飼う資格も思う資格もありません。

突然すみません。行き場の無い後悔と苦しみを書いてしまいました。
決して傷の舐め合いをする訳でも、慰めの言葉が欲しい訳でもありません。あまりの最低さに不快にさせてしまったら申し訳ありませんでした。
往生際が悪いと思われても仕方ありませんが、未だにまだ愛犬の使っていた物全てや、当時これから付ける予定だったノミダニの薬等、全てそのままです。
まだ片付ける事は当分出来ないと思います。又、写真も長い時間は見れません。当時の服も触れただけで、頭が締め付けられる程痛くなり、苦しい嗚咽と共に涙が溢れ、気付いたら爪が食い込む程手を強く握りしめています。
でも愛犬の方が苦しかった、そう思うといたたまれません。申し訳無い、ただただそれだけです。亡くなってから後悔するなんて、最低で有り得ません。
出来る事なら愛犬の目の前で、心から何度も何度も謝りたいです。

長文で失礼致しました。


ゆーみんさんへ No.826
いっくんさん 神奈川県 歳 - 2019/10/06(Sun) 12:30
ゆーみんさん。大丈夫ですか。読んで、いてもたってもいられず、何をかいて良いか?もわからず書き込んでいます。どれだけ苦しいでしょう。でも、ねこちゃんは人間なんかよりずっと心が通じると、私は思ってます。ゆーみんさんはが可愛がっていたこと、いつも気をつけていたこと。絶対ねこちゃんはわかってます。そうだとしてもゆーみんさん苦しいとおもいます。でも、事故だって絶対にわかってます。回りの皆ももちろんわかってます。ここで、読んだだけの私もわかってます。悲しんだあとで良いので楽しかった思い出を沢山思い出してあげましょ。何もうまく言えませんが苦しまないで下さいね。


いっくんさんコメントありがとうございます No.828
ゆーみん - 2019/10/06(Sun) 21:30


ありがとうございます。
泣きながら読ませて頂きました。
良く似た猫が歩いていると、まだまだ涙が溢れます。
何もしていないで一人で居ると悲しみが込み上げてきます。
今はまだ辛いですが、楽しかった思い出と共に前向きに進みたいと思います。




Re: ゆーみんさんへ No.829
いっくん - 2019/10/06(Sun) 23:11


読んで頂け、少しほっとしてます。優しい人ほど人に怒ったり出来ず、怒りも自分に向かうといつも、感じてます。ゆーみんさんが優しいから苦しいんです。私も21年一緒に暮らしてくれたちゃこを亡くしました。色々事情は違っても苦しい気持ちは一緒です。愛していたからこその苦しさです。優しく愛情深いゆーみんさんのこと、亡くなったねこさん、私のちゃこさん、私も大好きです。


Re:いっくんさんへ No.835
ゆーみん - 2019/10/09(Wed) 23:07


返信ありがとうございます。
無事に埋葬を終えることが出来ました。
最後はいつものように可愛く眠っている感じでした。
いっくんさんも辛い経験があったのですね。
お互い辛い思いをしましたが、楽しかった思い出を忘れず進んでいきましょう。


K.Nさんへ No.832
馬鹿な私さん 群馬県 歳 - 2019/10/08(Tue) 15:51
馬鹿な私に、慰めのお言葉ありがとうございました。
私の家はK.N.さんのお宅とは逆に、主人の方が動物が苦手だったのですが、子供達の熱意に負け、ブリーダーさんのところに通うようになりました。なかなか希望の子が生まれず、そんな時、生まれつき肉球が一つ足りなくて、母犬に母乳をもらえず発育不良で、ブリーダーさんがミルクを飲ませて育てている子がいました。ブリーダーさんも、この子はうちで育てていくしかないと言っていたのですが、その子が2か月を過ぎた頃、長生きはできないかもしれないし、血統書はつけられないけれど、よかったらもらってくれないだろうかと言われた、と主人から電話をもらいました。元々体も弱い子だし、病気がちにならないだろうかと不安もあったのですが、娘は大喜び。3か月になるのを待ってお迎えに行きました。800グラムしかないとても小さくてかわいい子で、私も一瞬で不安も迷いもなくなりこの子に決めた!と思いました。
私も専業主婦なので子供たちが学校から帰るまで、毎日この子と一緒。最初はケージの中でしたが、かわいそうでケージは片付けてしまい、フリーで育てました。朝起きてくると、乳歯の抜けかわりがかゆいのか、ベッドを噛んで綿だらけ、抜け変わるまで、ベッドも3回変えました。でも、ぽろっと落ちている乳歯を見つけると、それもまたかわいくて、今も大事にとってありますが、そんなことが今懐かしく思い出されました。
私はこの10年半、あの子を叱ったことは本当に数えるくらいしかありません。というかほとんど記憶にないくらいです。何をするのもかわいくて、目が合うとすぐに駆け寄ってきて、いつもいつも側にいてくれました。
小学生の娘と高校生だった息子も、今ではそれぞれ一人暮らしを始め、子供の成長とはいえ、親離れしていく寂しさも、あの子がいたおかげでどんなに救われていたか。
娘が一人暮らしを始めた頃、引越し等々で、娘のところに泊まることが多々あり、私がいないストレスで、今まで全く粗相をしたことなかったきれい好きなあの子が、粗相するようになってしまい、私が家にいても寝室で寝ていると寂しくて鳴くようになり、それからここ数年は毎晩一緒に寝るようになりました。粗相もおさまり、私がいないさびしさに、あの子なりの精一杯の反抗だったのかなと思うと、それはそれでまたかわいくて。
病気になった頃も添い寝をしながら寝るまでお話しをしました。私にとっては本当にかけがえのない子でした。
私はK.N.さんが羨ましいです。最後の2カ月間お世話ができたこと、猫ちゃんに思いが伝わり、スリスリして舐めてもらえたこと。私も最後の最後まで、看てあげたかった。私はあの子の最後の声も聞くこともできず、声をかけてあげることもできませんでした。
本当に今はぽっかり心に穴が空いてしまって。ごめんね、ごめんねと懺悔の日々。
娘や母にも、立ち直るには次の子が一番いいらしいよ!と言われ、K.N.さんのように、一時期は私も次の子をと!思いましたが、やはり自分だけこの辛い心の穴を埋めようとするなんてできない、あの子は私のとこに寄り添いたくてもできないし、あの子を裏切るようだし、あの子にさびしい思いをさせてしまいそうで、それでは私は何の償いにもならない、自分だけこの辛さから逃げてはダメなんだと思ってしまいます。
今もこうして考えるだけで、首筋から頭が痛くなります。
会いたくて、会いたくて仕方ありません。10年半のあの子との日々が当たり前過ぎて、いないことが違和感でしかなく、なかなか受け入れられません。
昨日、娘が小学生の時に書いた感想文が出てきました。まだ主人が犬を飼うことに賛成していなかった、3年生の時のものです。
『私は、生き物を育てるには大切なことが二つあると思いました。一つは、生き物がちゃんと育つように勉強しなくてはいけないこと、もう一つは、その生き物の気持ちになって世話をしてあげるということです。
動物はかわいいだけじゃないのです。ぬいぐるみと違って生きているのです。だから私も、育てるのに大切な二つのことがちゃんとできるようになった時、いつかは犬や猫を飼ってみたいと思います。』
私はどちらも欠けていました。自分では、心から可愛がりお世話をしていたつもりでいましたが、結局はつもりだった、自己満足だったのです。小学生の娘がわかっていたことをわからない馬鹿親でした。
K.N.さんは、もう一度チャンスを与えられ、その子と共に乗り越えられて良かったですね。私はやっぱり、今はあの子に申し訳なくてできないけれど、、
どうしたら立ち直れるのか、本当に時が解決してくれるのか、誰か教えてくださいと、切に願ってしまいます。

こんな私に、辛かった時のことを語っていただき、思い出させてしまってごめんなさい。ありがとうございました。


Re: K.Nさんへ No.833
K.N. - 2019/10/08(Tue) 17:40


猫でも犬でも、飼ってもらった人が親みたいなもの。いくら飼い方が悪くても、お世話してくれる人が、頼りなのです。

私は、本当に今の猫がいなかったら、まだうつうつとして、暗くて、娘や主人にいつまでも当たっていたと思います。

長男が大学を東京に行ってしまい、家を出て初めて家族が一人減って、もぬけの殻になり、精神的な疲れもあったのか、しんどくて家事も何もできなくなっていて、心療内科に通っていました。でも、薬飲んでも結局ぽっかり空いた穴は、薬飲んだ時しか気持ちは癒えず、それを見かねてたまたま私が言った言葉で主人は買ってくれたのだと思います。

今の猫がいなければ、3年前に娘も就職が決まって隣の県ですが、家を出ていきましたが、猫がいたおかげでさみしくありませんでした。
まだ犬がなくなって間もないのですよね。
今の時期皆さんどん底に落ちたような気持になるみたいです。
私もそうでした。罪悪感、たった半年しか猫を買えなかったさみしさ、いろいろ。

体調も薬飲んでても、猫が亡くなったことで、逆戻り。先生に言っても、どうせ体が弱い猫だったのだから仕方ない、あまり深く考えないで。と言われ、薬は強いのは出さないで、今までの薬しか出してくれませんでした。
主人も娘も学校や仕事あるので、本当は悲しかったのだろうけど、私からしたら、はけ口がなくて、思い切りあなたたちはのんきにしていていいね。もう猫のこと忘れたのでしょうと、毎日言っており、娘も主人も暗くなってしまい、最悪な環境でした。なので、なぜ猫の殺処分のネットを見てしまったのかわかりませんが、それが私が変わるきっかけだったことは確かで、主人も私が変わるのであればと思って、猫を買うこと了承してくれたのだと思います。

一度、心療内科で薬もらわなくていいので、話だけでも聞いてもらうことはできないでしょうか.
私みたいにスルーされたら元も子もないので、ちゃんと話を聞いてくれるところを探して、話してみてはどうでしょうか。誰かに聞いてもらうだけでも、心がはれていきます。

私は心療内科があてにならなかったので、ここのサイトに毎日のように書き込みしました。皆さん一緒の気持ちで、私だけが苦しいのではないとわかり、皆さんつらいのに、私の悩みを優しく受け取り、癒していただきました。

時間が解決するとよく言われますが、確かになくなった時よりは、後悔は少なくなりましたが、でも完全になくなったわけでなくて、心の片隅に置けただけの話です。私は、よく犬や猫で老衰でなくなったというのをこのサイトで見て、老衰ならそんなに悲しくないのではと思っていたのですが、読んでいて、皆さん短かろうが長かろうが一緒というのを気づきました。

きついかもしれませんが、いつまでもあなたが悲しんでたら、犬も悲しむと思うのです。僕がなくなったから、お母さんあんなに苦しんでる、僕が死んだからだというように、犬も苦しみます。写真があるのなら、今の時期、その写真に話しかけてあげてください。きっと犬もあなたのそばにいて聞いてます。
私はそう信じて来ました。だから、今の子たちが来たのではと考えています。

家族も暗くなるし、険悪なムードになります。なので、今は無理でしょうが、時間がたってくるとだんだん犬のこと心の片隅に置けるようになってきます。
どうかあまり自分を責めないこと。責めれば責めるほど気持ち的に憂鬱になってきます。私は、亡くなった猫が今の猫たちを見守ってくれて、ちゃんと飼育している私を見て、喜んでくれていると思っています。

少し気が晴れてきたら、もう一度新しい犬を飼ってみませんか。


大好きだったのに、ごめんね、ごめんね、ご... No.830
馬鹿な私さん 群馬県 歳 - 2019/10/07(Mon) 13:56
9月13日、最愛の我が子(愛犬)を私の無知で浅はかな思いから、突然亡くしました。10歳6か月でした。
毎日朝から寝るまで一緒で、私の生きがいでした。
可愛くて可愛くて、毎日おはようから、おやすみまでいつも体を撫でていたはずなのに、急に内腿のシコリに触れました。なんだろう、停留睾丸だから、精巣腫瘍になってしまったのかもと思い、病院に連れて行くと、これはCTのある大きい病院で診てもらった方がいいです、と言われまさか!という思いでしたが、直ぐに予約を入れました。ですがCTのある大きな病院は県外で、車で1時間かかるため、もしもの事を考えると、近くの病院の方がいいのでは、と悩みに悩み、この子をいただいたブリーダーさんのところに電話をして、以前から腕が良くていい先生だよ、と教えていただいていた先生のところに急遽連れていきました。
やはり手術をして病理に出してみないとわからない、術後の結果もどうなるかわからないけれど、それでもうちでいいですか?と言われ先生を信じますとお願いすると、翌日手術になりました。
手術は、思っていたより時間もかかり、筋肉にも癒着していたので、麻酔がさめてみないと状態がわかりません、急に大きくなったものだし、悪いものかもしれませんと電話をもらい、泣き泣きお迎えに行きましたが、麻酔からさめ、私のお迎えを喜んで、足も軽く着いているような感じで、本当に嬉しくて、先生に感謝しました。
術後の経過もよく、日に日に元気になりましたが、結果は血管肉腫でした。筋肉に癒着していたので、ギリギリのところまでは取ったけれど、取りきれているかはわからないので再発か転移するかもしれない、と言われ、その時は嘘!と声をあげてしまったくらい信じられませんでしたが、日に日に元気になる子を見ているうちに、きっと大丈夫、先生が助けてくれた!と思うようになっていました。
抗がん剤ではなく、癌に効果のあるサプリメントを飲ませていくことに方針も決まり、元々お薬の苦手な子だったので、タブレットを砕いてチュールで嫌々ながら口にいれていましたが、これを毎日するのは可愛そう、長い月日にはストレスになるのでは?と思い、液体タイプの物に変えて、お水に入れて飲ませてもいいですか?と相談すると、快く了承していただき、お水に入れて飲ませ始めました。
それがいけなかった。わずか1〜2滴入れただけでも、お水を飲むのを嫌がり、恐る恐るお水を飲むようになりました。それでも、少しずつは飲んでいてくれたし、免疫力を上げるため!だんだん慣れてくれるだろうと思っていたのですが、なかなかの頑固な子なのでなれず、1週間が過ぎ、やっぱりお水を好きなだけ飲めないのはかわいそうだし、嫌々でもまたチュールであげるしかないなと思い、私の爪があたらないように、爪切りをして、今日からチュールであげようと思っていました。
ですが、その日たまたま主人がお休みで、庭の芝刈りをしていて、朝からお庭に出たい出たい!と鳴いていたのですが、母がツユで芝が濡れているよ、と言うので出さないつもりでいました。でも、私と主人で出かける前には、お留守番がかわいそうなので、ストレス発散のために庭に出して走らせてあげるのが常だったので、元気になってきているし、やっぱりちょっとだけ出してあげようと、出かける寸前に出してあげました。術後はじめてのお庭だったので、喜んで走りまわり、いつもなら気が済むと玄関ポーチで待っているのに、お庭を見ると、刈ったばかりの芝の上で気持ち良さそうに、風の匂いを嗅ぎながら、休んでいました。そもそも芝の上で休む子ではなかったので、やっぱり疲れちゃったのかな、虫に刺されちゃうかもしれないから、お家に入ろうね、と抱っこして家に入り、足を洗ってあげました。
ハァハァとベロを出していたのですが、お水を飲もうとして、いつものサプリ入りが嫌だったようで飲むのをやめてしまったので、ごめん、ごめん、こっちは美味しいお水だよ!と、サプリの入っていないお水をあげました。でも飲まないので、今はいらないのかな、と安易に考え、疲れてお昼寝していてくれたらいいなと、ランチに出かけてしまいました。
車に乗り、ちょっと疲れてるみたいだったんだよね、と話すと、じゃあやめる?と言われたのですが、んーでも大丈夫かな、いつもみたいにお昼寝しててくれると思う、と言ったものの、走り出しても妙に気になり、もしかしたら後悔することになるかも、と嫌な予感がしはじめ、出かけていた母に、ちょっと疲れてる感じだったから帰ったら様子を見てくれる?と連絡するとわかったと返事がきたので、そこで少し安心してしまいました。母が帰るまで1時間くらいの間だからと。出かける前もハァハァとベロを出していたけれど、お座りして私をいつもの可愛いクリクリした目で見つめていたので、そんなに喉が渇いていたとは気づきませんでした。
母から電話があり、後悔が現実になりました。家に帰る間、主人は泣きながら運転していましたが、私はあまりのショックに言葉も涙もでませんでした。あまりに悲し過ぎると涙も出ない事を知りました。
水を飲まなかったからだよ!と母に言われ、私は少しずつでも飲んでいる姿を見ていたので、飲んでいたよ!と言ったのですが、冷静になってから考えてみると、飲んでいる量が足りなかったのだと思います。
お庭で走らなければ喉も乾かず、いつものようにお昼寝してお留守番していたら大丈夫だったのでは、爪を切った直ぐ後にサプリをあげて、お水を飲ませていたら、悪い予感がして母に連絡するくらいなら家にもどってあげていたら、、次から次から後悔ばかりで、こんな辛い、かわいそうなことにはならなかったはずだと思いました。まだ術後1か月ほどだったのに、元気な様子に、命が繋がったと勘違いしてしまいました。ただお水をあげるだけだったのに、サプリをあげることだけに気を取られ、命の水を与えていなかったなんて、私が一番わかっていたつもりだったのに、気づいてあげられず、残酷なことをしてしまいました。
サプリ入りのお水をあげていたことで、こっちは美味しいお水だよ、とあげても警戒して飲まなかったのかもしれないのに、それにも気づかず、喉が乾けば、飲んでくれると思い込んでしまっていました。
しかも留守にするのは、買い物か外食の1時間くらいで、ほとんど誰かが家にいるし、私が1日いないとご飯も食べないくらい寂しがり屋の子なのに、たまたまその日はその1時間の間にたった一人で旅立たせてしまって、どんなに寂しかったか、辛かったか、苦しかったか、かわいそうで仕方ありません。
それもみんな、私の無知で馬鹿な独りよがりの考えで、そうさせてしまって。
まだまだこれから、元気になったらしたいことあったのに、何一つ実現できないまま、逝ってしまいました。通院の車の中で、元気になったらしようね!っていっぱい約束してたのに、私は大嘘つきです。
辛い、悲しい、毎日です。でも全て自分でしてしまった事です。
主人や子供たちは、ママのせいじゃないよ、と言ってくれますが、私は私のせいだとしか思えないので、立ち直れず、泣いて叫んで悔やんでの日々です。
本当なら、ママのせいだよ!と言われても仕方ない事なので、私より悲しいのは子供達だと思うから、私が立ち直れないのは間違っていると頭ではわかっているのですが、心と体が動いてくれません。
小さくなったお骨を見るたびに、悲しくて、悲しくて、朝起きてもいない、ドアを開けても待っていない、寝るよ、と声をかけてもトコトコ寄ってきてくれない。
手術大変だったのに、一度も痛いと鳴かず、先生にも我慢強い子だねと褒められていたけど、最後の最後まできっと私のために我慢させてしまって。手術に向かう車の中も、私が不安でいると、運転する私のお膝で私の手をペロぺロ舐めて、ママ僕は大丈夫だから、といつも優しく癒され、守ってもらってばかりいたなと、思います。
シコリに気づくの遅くてごめんね、って泣いて、でももう大丈夫!って毎日体を触って注意して、気づいたら今度は直ぐに病院に行こう!って誓って。もうちょっと一緒にいられる!って思っていたのに。
朝までとっても元気で、家族みんなまさかこんなに突然こんなことになるなんて、本当に誰も思っていなくて。
でもお水、お水。命の水が足りなかったんだ、と悔やまれて、苦しくて。自分は平気でお水を飲んで!どんなに辛かったことか、切なかったことか。
私を信じて、ママがそうするならと、ずっと我慢して嫌なお水で少しだけ喉を潤わせていたなんて。なのに、いつも私に可愛い笑顔をみせて。私はサプリを飲ませるつもりでしたが、毒入りを飲ませて日に日に寿命を縮めていたのと同じじゃないか、と気づきました。でも、もう遅い、もうあの子は戻ってきてくれない。今思えば、いくつもいくつもあの時、と思い当たることはあった気がします。
私のように自分の無知で最愛の子の寿命を縮めてしまった人はいないだろうか、どうしたら立ち直れるのか、同じ思いで悲しんでいる人はいないだろうかと、探しても探してもそんな馬鹿な人は一人もいませんでした。なんて私は馬鹿なんだ!少しずつ飲んでるから大丈夫と、どうして思ってしまった?食事より薬よりお水が大切!ってそんなことがどうしてわからなかった?馬鹿過ぎる自分が許せません。
不注意でという方は何人かいらっしゃいましたが、ほとんどの人が、最後の最後まで看取ることができ、頑張ったね、楽になれたねと悔いの残らない旅立ちをさせてあげている方ばかりでした。
私も、最後まで一緒に頑張る覚悟はできていたのに、心配で心配で、夜も何度も目が覚めて眠れない日も、一つも苦には思ったことがなかったのに。むしろ朝から晩まで側にいて、術後のよちよち姿が可愛くて、浮腫んだ足の腫れがひけてきて、抜糸をして、お散歩もシャンプーもいいですよと言われて、やった!と、こんなに元気になってくれたことが心底嬉しかったのに。まだまだ一緒にいられる!と幸せだったのに。
なぜ、こんな残酷なことをしてしまったのかと、悔やんでも悔やんでも悔やんでも悔やみきれないし、いつも私のあとを追っていたかわいいあの子がいない悲しみから抜けられません。
これが私への罰なんだと思いますが、あの子の生命を失う罰はあの子がかわいそう過ぎます。手術に耐え、痛みに耐え、でも痛そうな顔、辛そうな顔もせず、いつも私に寄り添って、ママ!元気になるからね!って頑張っていたあの子がかわいそう過ぎる。全て私が悪いのに。あの子は何も悪くないのに。私に何か罪があるなら、他の罰ならいくらでも受けたのに。
本当にごめんね、ごめんね、ごめんね、
会いたい、会いたい、さびしい、さびしい、
馬鹿なママで、本当にごめんね。

大変長くなってしまいましたが、心の叫びを吐き出すことができました。
だからといって、心が軽くはならないし、一生罪は消えないけれど、罪は忘れず、でも10年一緒にいてくれた思い出も忘れず、今は辛くて写真も見れないけれど、少しずつ立ち直らなくてはいけないと思っています。どれくらい時間がかかるのか、今はただ、とてもさびしい、、、朝目覚めるのがつらい。


Re: 大好きだったのに、ごめんね、ごめんね... No.831
K.N. - 2019/10/07(Mon) 17:36


私も6年前に、1歳の猫を猫伝染性腹膜炎という、子猫がかかると助からない病気にしてしまいました。

もともとテレビの動物番組で、子猫が毎回出てきていて、娘とかわいいねと言っていて、猫を飼う気はありませんでした。でも、私の言葉、あんな猫がいたらいいのにな。と、その場任せのこと言っただけなのに、主人はペットショップで6か月の猫を買ってきてしまいました。

おとなしいからと飼ってきたみたいなのですが、6か月も売れ残ったということは何かいわくがあるのではと思いつつ、猫のこと全然知りませんでした。
主人がケージから開けた途端、走るわ走るわ、テレビの子猫は2か月や3か月の子猫ばかりなのに、来た猫は6か月で大きくて、びっくりするやら、はしる、噛む(本気で噛む)、もう怖くて、主人に返してきてといったのですが、もう返せないといわれました。

私は勤めてないので、私一人昼間猫と一緒なのは嫌で怖くて、主人や娘がいるときだけケージから出すという条件で飼いました。それまでもある程度出していたのですが、遊ぼうとするねこではなくて、遊ぼうとすると本気で噛む、おまけに猫のそばを通ると足に攻撃をしてくるのです。主人や娘が血を流していたから、ケージで飼うことにしたのです。

私は本当に猫の飼育無知で、ケージから出さず、猫が鳴いても知らんぷり、すべて主人任せにしていました。暑かろうが寒かろうが、人間中心に、夏も宣布機だけ、冬も湯たんぽだけ、湯たんぽ冷めているのに、何もしませんでした。

6か月もペットショップでケージの中にいて、今思えば家に来てケージから解放されてやっとストレスが発散できると猫自身は喜んで、噛んだりしたのだと今思うと、なんて残酷でひどいことをしたのかと思います。
体が弱かったので、1歳になってすぐに去勢しました。
でも、それがいけなかった。手術の麻酔をかけたときに吐いたとのこと。
手術後、すぐは元気だったのですが、運悪くそのころ住んでいるマンションの大規模工事で、うちは最上階のため、騒音が半端なくて、猫もケージに入ってなければいろいろ行けたのに、ケージにいたために昼寝もろくにできず、だんだん弱っていき、なんだか疲れているのかなとおもって、病院に連れて行くと、肝臓の値が高いから毎週1回点滴に来てと言われました。
薬嫌い猫で、粉々にして餌に入れると最初は食べましたが、すぐわかって食べない。次は缶詰に入れるとそれも最初だけ。薬飲まない。主人が必死に口に薬を入れようにも、ベーっと吐いてしまう。病院に言うと、薬はいいから、毎週通うようにと。でも、だんだん病院嫌いの子だったので、通院もきっとストレスだったのでしょう。だんだん歩けなくなり、食べなくなり、主人が病院から帰ってきていつものようにケージに入れようとすると嫌がったのです。
私もさすがにかわいそうになり、入れなくていいというと、猫は座布団にうずくまり、そこで過ごすようになりました。しんどいのにちゃんとトイレに休みながら行くの見て、この病気ストレスが多いとなるみたいで、私は猛烈に反省しました。自分のせいだと。それからは、餌をあげて、一生懸命看病しました。それまで噛むことしか知らなかった猫が、初めて私をなめてスリスリしてくれたのです。こんな残酷な私を恨まないで、甘えてくれたのです。もう一度検査すると、猫伝染性腹膜炎にかかっていることがわかり、もう余命何日もないといわれ、ショックで泣きました。なん手残酷なことしたのと自分を責め続けました。病気がわかってからは、だんだん痩せてきて、背骨が見えるくらいになり、お腹が膨れてきました。見てるのもつらくて、でも、せっかく病院の計らいで病院嫌いの猫を入院せず、自宅療養にしてくれたので、病気がわかってたったの2か月の介護でしたが、猫は頑張ってくれました。

公共の葬式にしたので、立ち合いも遺骨もなく、他の猫たちと一緒の共同墓地にいます。
今は娘のスマホに入っていた猫の写真を額に入れて、謝り続けています。

その3か月後に、何気なくある保健所の猫の殺処分動画を見てしまい、主人に助けたい、もう一度チャンスが欲しいというと、主人は怒らないで、知り合いの団体から3か月の子猫を2匹引き取ってくれました。
今度はちゃんと飼育本見たり、わからないところは病院にきいたりして、今6歳になっています。今度は前の猫の教訓で、走っても噛んでも怖くありませんでした。

本当に私一人、いまだに引きずっています。いまだになくなるときのこと、くっきりと出てきます。一生私は、前の猫に懺悔していこうと思っています。
忘れないために、見えるところに遺影を飾っています。あなただけではないです。私もひどい残酷な仕打ちしてしまいました。
今は悲しい、寂しいでしょうけど、きっと犬もわかってくれています。
あまり自分を責めないでくださいね。私は、不眠、食欲がありすぎて困っていました。新しい猫が来てからは、徐々になくなりました。


無題 No.827
ヤッコさん 東京都 歳 - 2019/10/06(Sun) 14:12
ごめんなさい、長文になります。

一昨日アメショーの男の仔カムが慢性腎不全により8歳3カ月で逝ってしまいました。

5歳の時に突然の嘔吐から元気がなくなり病院で診療してもらった結果、尿路結石による急性腎不全で血液検査の数値的にも非常に危険な状況で石を取る手術を早急にした方がいいが石が詰まっている場所が膀胱から近く医療設備的にもそこの病院では対応できないとの事で高度医療を受けることができる病院を紹介、引き継いでくださり開腹手術で尿道の石を取ることができました。

術後も危険な状況は続きましたがまだ若く生命力も我慢強さもある仔だったのでだんだんと回復していき退院後はまたメインのペット病院に引き継いでいただき通院しながらもみるみる元気を取り戻していきました。
やがて傷跡にも毛が生え揃い手術をしたとは思えないほど元気に過ごしていました。

急性腎不全からの慢性腎不全になってしまった上、体質的に石を作りやすい仔だろうと言われ食事療法と自宅での皮下点滴も定期的に数値を見ながら続けた方がいいと言われていたのに。。。

我が家には他にも猫3匹と犬1匹がいるためフードを分けて与えたりかかりきりになるのもカムがすっかり元どおりの生活に戻ってくれた為だんだん疎かになっていきました。

今年の4月あたまに大量のフード嘔吐、その日は予定があったため様子見て病院に連れて行くことに。
翌日食欲もなく元気もないので病院で診察してもらったところ再び尿路結石でオシッコが出ず尿毒症を起こし危険な数値だと。。。
石は出口に近かったので取り除く事ができたとのこと。
ただほとんど機能していない腎臓に石がゴロゴロあるのでまた詰まる可能性が高く危険な状況は変わらない、体力が回復したらペニスの手術(一番細い尿道を広げる為)をした方がいいと思いますとの事でした。

1週間ほどの入院で数値もほぼ正常に戻り退院して一安心と思ったのも束の間、またオシッコが出ない様子に急いで病院へ。
やはり石でした。
このままだと取っても取っても詰まってしまい猫にとっての負担やストレスを考えると尿道の手術をした方がいいとの結論で数値や体力のタイミングを見て手術することに。

まだ万全の状態ではなかったもののいつ石が詰まるかわからないリスクよりはと手術を行いました。
手術自体は無事に終わりましたが術後はカム自身が一番ツラいのは当たり前ですがケアするのも大変でした。
肛門のすぐ下に尿道の出口がある状態ですから患部の炎症や膀胱炎、菌の繁殖をできるだけ防ぐために四六時中キレイな状況を保つ必要があり傷が癒えるまでは気を抜けませんでした。
その後カムの頑張りと生命力のおかげでエリザベスも外し他の仔と隔離していたゲージから出すことができて本当に嬉しかったです。

しばらくは毎日のように通院し血液検査やオシッコの検査、注射や投薬、点滴とよく頑張ってくれて、決してベストな状況ではないながらも数値のバランスは取れている日が続きカム自身にも遊ぶ事ができるくらいの元気が戻ってきて、このいい状態がずーっと続くことを願っていたのに。

食べてはいるもののなかなか体重は増えず、輸液もしていたこともありヘマトクリットの値が低く貧血に。
その後も血液検査の数値から投薬の薬が増えたり減ったり、BUNの値を下げるための輸液が貧血だとできないためウチにいる他の二匹の仔と血液が合ったため二回輸血してもらったりとツラい治療ばかりでした。
8月の終わりに入院して点滴をし続ける治療により数値は落ち着きましたが退院後の9月にはまた数値が悪くなっていき、この頃になると主治医の先生にもこれ以上は延命になるだけの治療はしたくないこと、入院はさせたくない旨伝えており、できるだけカムが楽だと思うことだけをしてあげたいと思っていました。
治療でなく延命になるだけの措置はしたくない、夫も同じ意見でした。

ずーっと一緒に居たい気持ちは変わらないけれど、ツラい思いをしながら苦しみ続けることはもう終わらせてあげたい。。。

9月の半ばまで食欲は落ちたもののペースト状の療養食やチュールなどは口にし、お水もよく飲んでほとんど透明なオシッコをよくしていましたが、9月の終わりには水しか口にしなくなりました。
その頃には無理な投薬や給餌もやめ、人肌に温めた輸液を毎日50~80ccくらい注射してカムが居たい場所に好きなようにそーっと見守ることに。

玄関の靴箱の下や開けていたリュックの中、隠れることができるありとあらゆる場所に居ることが多くなりその時は近いかもと覚悟はしてました。

亡くなる2日前、いたるところに置いていたお水をどれもガブガブと飲み、ヨロヨロしながらも所定の場所でオシッコもして息も荒くなくよく寝ていました。
亡くなる前日。水を飲もうとしますが飲まず。夜70ccくらい輸液を注射。
当日。朝、所定の場所でオシッコをして数歩歩いたところで横になり寝ました。
オシッコはいつもの透明ではなく少し黄色いものでした。

お昼前に日中家にいると隠れたがることから少し静かに過ごさせたいと外出しました。
夫からの連絡があったのは外出してから2時間過ぎたくらい。
急いで帰ったらキッチンマットの上で旅立っていました。ひとりで。
硬直の様子からおそらく私達夫婦が出かけてすぐに3mくらい歩いてキッチンマットの上で逝ってしまったと思われます。

最後の姿を見せたくなかったと思うしか心の整理がつかない最後でした。
最後の最後まで自分の力で歩きオシッコをして安心させてあっけなく逝ってしまいました。
覚悟はしていたものの悲しみが押し寄せて押し寄せてツラくてツラくて。

後悔することもたくさんあります。
だけどそれは考えるのやめました。
正解なんてわからないからです。

亡骸になったカムの表情が時間が経つにつれて穏やかになり、
今までありがとう、たくさんお疲れ様、ウチの仔になってくれて会えて嬉しかった
と伝えました。できるだけ撫でてあげました。
亡骸とは思えないほどの柔らかさと表情。寝ているみたいで実感がわかないまま。

翌日の火葬の時、さすがに実感してしまいなかなか離れることができず係の方にご迷惑をかけてしまいましたが温かい対応に甘えさせていただきお別れすることができました。

お骨になって帰ってくると他の仔達が一点を見つめています。
ああ、カムがいるんだな、と思いました。
ツラかった身体から出て思う存分動いているんだと。

思い出すたび涙が出て淋しいですが他の仔達の為にもカムのおかげで学んだことを活かしていきたいです。




無題 No.818
Nさん 北海道 歳 - 2019/09/24(Tue) 23:42
なかなかこちらに来ることが出来なかったけど、ようやく来れました。
でも励まされるどころか半人前と言われていたことを知りました。
立ち直るのにどのぐらいかかるかは人それぞれだし、それを押し付けないで欲しかったです…。


ごめんね、ありがとう。 No.817
琥珀さん 香川県 歳 - 2019/09/24(Tue) 22:31
ゴールデンハムスターのコハクが虹の橋を渡って1週間。寂しい。あの子が動かなくなったとき、涙が止まらなかった。
コハクは事故で亡くなりました。まだたったの1歳でした。ごめんね。痛かったよね。私が代わりに、痛いの全部もらって死にたかったな。それくらいあの子が好きでした。依存してたのかもしれない。だって、私のまわりでいちばん信頼できたのは、コハクだったから。いちばん優しかったのは、コハクだから。コハクにしか言えないこともたくさん。寂しいな。
あの子は今、寂しくないように、私が生まれたときに植えた木の隣に埋まって眠っている。今までありがとう、コハク。つらいとき、いっぱい癒してくれたね。だから次は私が君を安心させる番。これからはずっと隣にいます。ありがとう。

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