変わり始めたお墓の考え
お墓は心の中に・・・
新しい葬送とメモリアルを提案
変わり始めたお墓の考え、「お墓は心の中に・・・」。新しい葬送とメモリアルを提案するアイキャン株式会社

ペットロス励まし合い掲示板


[ペットピアに戻る] [使い方] [ワード検索] [管理用]
お名前
E-Mail
住所(都道府県) 住所(市区町村)
年齢
タイトル  
コメント  【英文のみのコメントやURL(http://〜)は書き込めません】
パスワード (記事の修正・削除に使用。英数字で8文字以内)
文字色

生まれ変わる?! No.1728
hopeさん 愛知県 歳 - 2020/09/19(Sat) 22:59
私はうまく立ち振る舞うことが苦手な人間なので、あの子の支えが大きかったです。
人生あきらめられないことがあり、なんだか難しいですよね。
頭ではわかっているのに、感情の方が…
もう生まれ変わっているのかな?




Re: 生まれ変わる?! No.2631
ニチロー - 2021/01/06(Wed) 18:49


その通りです。



: 生まれ変わる?! No.2634
あさひ - 2021/01/06(Wed) 20:25



縁あれば連れ添い、なくなれば別れる事もあります。


『面倒くさい人U』 No.2633
あさひさん 福岡県 歳 - 2021/01/06(Wed) 20:12
『面倒くさい人U』


ややこしい問題を幾重にも抱えた面倒くさい人たちの中で、私が関わらざるを得ない、もうひとつの人たちがいる。

その人たちは、心からの「情けなさの自覚」も切実な「成長への意欲」も何もない。

よって通常ならば、私が関わることのない人たちである。

しかし関わらざるを得なくなる。

何故ならば、彼ら彼女らとの間に今生(こんじょう)の「縁」があるからである。

これは仕方がない。

私に選択肢はない。

その人たちを見ていると、見れば見るほどつくづくとバカチンである(失礼)。

本当に救いようがない(また失礼)。

それがまた事実なんだからしょうがない(またまた失礼)。

しかし「相手が死ぬか、俺が死ぬまで面倒見なきゃならんのだろうなぁ」と思わせる「縁」がある。

だから仕方がない。

私が決めることではない。

天が決めることなのだ。

これもまたミッションである。

覚悟を決めて付き合うしかない。

(ちなみにこういう「縁」は研究所外の関係で起きる。

 研究所では対象外となるからだ)

でも不思議なんだよなぁ。

そういう場合は苦にならないのである。

相当面倒くさいのに…。

天を仰ぐ。


ある本の1節に救われて No.1732
hopeさん 愛知県 歳 - 2020/09/20(Sun) 19:39
「大切なペットが死んでしまったとき、その現実を受け入れられない事も、自分を責めてしまう事も傷を癒すためであり、それはとても自然なことなんだと。」
これを読み、私は少し気が楽になりました。
地上で雨が降り、それがあがると虹の橋では、虹が出るのかな?あなたたちはそこにいるのかな?少しの間?
考えが巡って昨日はどうしてもなかなか寝付けず、今日は思い切って昼寝をし、休養をとり、食が細いため、夜食もいただいて。
おやすみなさい。


『「自力」から「他力」へ』 No.2632
あさひ - 2021/01/06(Wed) 20:09


『「自力」から「他力」へ』

「自力」で立つ

まずしっかりとした「自分」を確立する。

「自力」で生きられるようになって初めて一人前の大人である。

まず他者評価の「奴隷」をやめる。

相手の思惑を察し、自分を抑えて、気をつけて頑張り、承認・評価して下さい、という奴隷根性をやめる。

生育史の呪縛を解く。

そして人生の「傍観者」になることもやめる。

自分の人生のセンターに立つ。

自分で考え、自分で感じ、自分で決める。

選択・決断し、発言・行動し、その責任を取る。

自分で自分の人生を切り拓く。

やると決めたらやる。

徹底的にがんばる。

他者からの余計な非難・中傷・邪魔・妨害はぶっ飛ばす。

そうして初めて自分の人生が始まる。

自分の人生の「主人公」になったと言える。

しかし、ここまでの「自分」には、「自我」の「自分」が混入する。

「自力」の最大の弱点は「自負」(「俺が」「私が」やっている)が生まれることにある。

「自負」が生まれれば「自我」肥大が起こる。

「我」が強くなってしまうのだ。

(ちなみに「我を張る」ことを「がんばる」という)

自己中心的(自我中心的と言った方がいいか)になる。

エラソーになる。

そして独善他罰が起こる。

他者を批判し、自分の価値観や考えを押し付けようとする。

当然ながら、その鬱陶しさに人は付いて来ない。

やがて逃げ出す、見捨てる、離れて行く。

ジャイアンに人望がないのは致命的である。

そういう人のまわりには誰もいなくなるか、気の弱い(あるいは人の良い)人たちだけが残るのが関の山である。

「他力」にまかせる 〜「自力」を超える 〜

だから次の段階が必要になる。

例えば、今のオリンピアンの中にさえ、自分が練習して努力して=自力で今の体や技術を作り上げたと自負している人がいるかもしれない。

しかしそれは大きな勘違いである。

その練習に耐えられる体や気力、知力というのもあなたが作ったのか?

たまたまあなたに与えられていたものが達成させてくれたに過ぎない。

それと同様に、それまで「自力」と思っていたものすべてがやがて「他力」なのだとわかる。

それは「他力」が「自力」の顔をして、あなたを通して現れていたのに過ぎない。

そこを間違えてはいけない。

元々私たちの中にあるものは何もない。

私たち自身はどこまでいっても、無能・無力・非力の「凡夫」でしかないのである。

だからむしろ無駄な「はからい」をやめて「おまかせ」しなければならない。

この世界は、この世界を世界させる「働き」に満ちている。

桜を桜させ、すみれをすみれさせ、

あなたをあなたさせ、私を私させようとする「働き」に満ちている。

その「働き」のことを「他力」といい、「妙用(みょうゆう)」というのだ。

人間の「成長」というのは、その「働き」に従って、おまかせして、「本来の自分」を実現して行くことに他ならない。

そこに私たちが生を与えられたミッションがある。

はからいの「自力」はいらない。

むしろ邪魔である。

「他力」が「自力」の顔をして、あなたを通して現れて来るのだけは歓迎する。

(そういうときは「がんばろうとしなくてがんばれる」という不思議な現象が起きて来る。已(や)むに已まれずやってしまう、できてしまう感じ。意識的に自分に鞭打ってがんばるのとは全く異なる)

そしてその「他力」の中にこそ、本当の「大悲」(愛)も利他行も行われる。

気分屋の「自力」では無理だ。

気まぐれ、思いつきの「愛情」は出ても、ブレない、広大無辺な「愛」はない。

さて広長舌過ぎた。

「自力」から「他力」へ。

実践と体験、体得あるのみ、今から、日々の具体的なことの中で。







私は死後1年が経ちました 時が薬になるよ... No.1727
hopeさん 愛知県 歳 - 2020/09/19(Sat) 22:18
こんばんは 皆様のお気持ちわかります 私も専門家ではなく死後、とてつもない苦しみにおそわれました
今は少しずつは穏やかになってきてるような気がします
しっかり寝て、しっかり食事を摂られ、休まれてくださいね
あなたは大切な方です あなたが生きて行く上での、すべての望み、願いが叶いますように…おやすみなさい
we love You.


Re: 私は死後1年が経ちました 時が薬にな... No.2630
あさひ - 2021/01/06(Wed) 17:59


『失望と希望』

助け合うのか、排除し合うのか。

間違ってはならない。

対人援助者にとって本当に必要なものは何なのか

自分の成長課題は何なのか

未解決の問題は何なのか

についてきちんと見つめられる姿勢を作っておかないとね。

年月が経つうちに、まぁ、こんなもんでいいかな、と低いところで固まり、

きっとこんなもんだろう、との思い込みで横に逸れて固まって行く。

もったいない。

それでも、ベテランの人たちに完全に希望を失っているわけではない。

多くはないが、どこかで行き詰って、今度ばかりはと自分自身と向き合う人たちもいる。

地位も役職も得て、安全な高みにいながら、そんな化城(けじょう)に安住せず、戦いに出て来る人たちもいる。

本人が決断さえすれば、いつからでも向き合えるのだ。

だから人間は面白い、希望がある、光がある。

さて、あなたはどうですか。


助け合う「べき」で排除しては「ならない」、のではない。

そんな教条的、超自我的、偽善的なことを言っているのではない。

人間としての当たり前の感覚に戻れば

助け合い「たい」し排除し「たくない」気持ちに「自ずから」なるはずなのである。

そういう力が私たちを通して働いている。

それは絶対的な事実である。

われわれの悪性(あくしょう)はどこまでも残忍で

われわれを通して働く霊性はどこまでも尊い。

今回、われわれはどちらの姿を見るのであろうか。


成長の道は一歩ずつ、着実に。 No.2628
あさひさん 福岡県 歳 - 2021/01/06(Wed) 16:01
「恋しい」「愛しい」「憎らしい」「妬ましい」「寂しい」「嬉しい」「哀しい」「腹立たしい」などもまた、地上に肉を持つ我々凡夫の華。

豊かなもんだね。

マドモアゼールやマッダームたちが宝塚の世界に酔うのもわかるってもんだ。



「僕が選んだあなただから、あなたの受けた運命は、僕も一緒に生きて行くんです。」



あなたが大切な人に本気でそう言えれば、あなたもまたあなたの人生でトップスターになれるかもしれない。

まずこういう本音の表現ができるようになること、それが第一段階。

しかし、これがゴールではない。

次の第二段階がある。

それは、いかに本音で「お願い」したところで、そもそも他者に評価されるためにやる、という奴隷根性が問題なのである。

そこに小児的承認欲求がある。

それでは大人ではない、未熟な小児である。

たとえそれが気づかれず認められなくても。

それが本来の姿。

その「一方的さ」「見返りの求めなさ」が愛の本質であり、だからこそ尊いのである。

(時々、僕は育児を“手伝って”ます、と言って墓穴を掘るお父さんがいる。あなたの子どもなんだから「手伝う」ことはあり得ない。あなたも最初から育児のメインキャストである)

付け加えておくならば、本当は気がついて認めてほしいのに、無償の愛のフリをするのはもっと悪質な「偽善」である。

二十歳を超えた大人ならば「偽善」でない「愛」を実践したいものだ。

…であるが、そうは申し上げて来たが、一足飛びに第二段階の境地に至るのはなかなか難しいのも事実である。

せめてまず第一段階から実践して行きましょ。

成長の道は一歩ずつ、着実に。





Re: 成長の道は一歩ずつ、着実に。 No.2629
あさひ - 2021/01/06(Wed) 16:03


何も付け加えることはない。

これをどう感じるかは面々のおはからいである。


『向き合うこと』 No.2627
あさひさん 福岡県 歳 - 2021/01/06(Wed) 15:55
『向き合うこと』

辛いときがある。しんどいときがある。きついときがある。

そういうとき、できる限り、逃げず、誤魔化さず自分の内的問題の核心と向き合って勝負することをお勧めしている。

そうすれば、楽ではないけれど辛いこと、しんどいことが確実に人間的成長の糧となって行く。

そうしないで

一杯やって誤魔化す

ゲームに溺れて逃げる

色恋沙汰に依存する

など、飲む・打つ・買うなど、面白おかしく過ごすことは、人間の伝統的なちょろまかし法である。

そうやって先延ばしにしたところで未解決の問題は必ずあなたに降り掛かって来る。

逃げられはしない。

唯一の例外はその人のキャパシティを超えて治療を要するまで辛くなったときである。

そのときは無理して向き合わなくても良い。その辛さを軽減するために向精神薬も開発されている。

きちんと用法・用量を守れば、アルコールよりも遥かに安全で有効である。

心を楽にする薬が開発されているというのは、実に有り難いことである。

そして薬を使うときも言わば、薬の作用のお蔭で、向き合うべき問題のハードルを下げることができれば

可能なところから問題と向き合って行けるかもしれない。

そうすれば、やがて薬の用量を減らせられるかもしれないし
ひょっとしたら、薬が要らなくなるかもしれない。

(ここらは疾患の種類によるので主治医とよく相談されたし)

結局のところ、治療の要否によらず、自分を見つめ、自分を知り、自分の未解決の問題と向き合って行くことは、あなたの人生を真に豊かなものにして行くに違いない。


ある青年が述懐した。

辛くなったら、いつも痛飲して誤魔化してました。

そうしたら辛くないから、内省も丹田呼吸もろくにやりませんでした。

そのことに気づいて、飲むのをやめたらてきめんに辛くなったので今の方が自分の問題と向き合い、一所懸命に呼吸も練っています。

中途半端に楽になるのも考えものですね。



You're right.




一度しかない人生です。 No.2626
あさひさん 福岡県 歳 - 2021/01/06(Wed) 15:00

寒い季節は余り得意ではないが、暖かさの有り難さを実感するという意味では、それもまた四季の豊かさのひとつと言えるのかもしれない。

ある人が子どもの頃に母親が湯たんぽを布団の足元に入れてくれるのが嬉しかったと言っていた。

そしてその人は、湯たんぽの温かさよりも、自分のことを思って湯たんぽを用意してくれる母の気持ちが嬉しかったんですね、と述懐していた。

最近、湯たんぽも復活して来ていると聞くが、誰かが誰かを思う気持ちは、湯たんぽだけでなく、いろいろな物や形に込もっている。

不思議なのは、誰かのことを大切に思うとき、思われている人だけでなく、思っている人自身も温かくなるということである。

やはり愛することは愛されることなのだ。

そして、愛が発するのは「愛する人」からではない。

人間を超えた大いなる愛が「愛する人」を通して「愛される人」に働くのである。

そのとき間違いなく「愛する人」も愛されている。

湯たんぽ母さんのこころもまたあったかかったに違いない。

)『自粛警察』


新型コロナウイルス感染症、第3波の急速拡大に伴い、またぞろ自粛警察が蠢(うごめ)き始めている。

もしそういう第三者からの意見が、専門家による純粋理性的なアドバイスであれば、役に立つこともあるだろう。

また、もしそれが愛あるアドバイスであれば、心に沁みることもあるだろう。

しかし、自粛警察にはそれがない。

感じるのは、上から目線のエラソーさ(謙虚さを装いながらのエラソーさもあるから質(たち)が悪い)と

理性的意見に偽装した(大半が自分の発言を正当化するための受け売り知識に過ぎない)自己中心性の臭み(自分の利益しか考えていない)だけである。

あちこちの自粛警察の言動を聞いていると、その背景に2種類のものを感じる。

ひとつは強烈な超自我、いわゆる見張り番に支配されているタイプ。

その生育史において埋め込まれて来た「〜でなければならない」「〜であるべきだ」に完全に呑み込まれて(支配されて)いる本人は、かつて自分が締め上げられて来たように、独善的に他人を「〜しなければならない」「〜するべきだ」と締め上げる。

これがひとつ。

そしてもうひとつが、自己愛性パーソナリティのタイプ。

何をやっても評価されず認めてもらえずに育った人間は、やがて自分の凄さを自分で喧伝(けんでん)するようになる。

自己評価の低さと中身の空ろさが深刻なほど、張り子の虎は大きくなり、虚勢の鎧は厚くなって行く。

身の程をわきまえず、思い上がる、思い上がる、思い上がる。

だからいずれも

頼まれてもいないのにしゃべる。

発言する立場にないのにしゃべる。

ろくな知識も愛も人望もないのにしゃべる。

要は、増長人間の他者巻き込みなのである。

そして、この巻き込みを斬り捨てるためのアドバイスをひとつ。

超自我にしても自己愛性パーソナリティにしても、鬱陶しい圧力を持って迫って来る場合が少なくない。

そこに押されないこと、怯(ひる)まないことが、何よりも肝要である。

そこで、ああ言えばこう言うというセリフを磨くだけでは、キリのない泥仕合になるのがオチだ。

破邪顕正は、結局のところ、気迫勝負であることを忘れてはならない。


一人ひとりが授かった、この生命(いのち)の尊さと

だからこそ、自分の生命(いのち)を愛し、子どもの生命(いのち)を愛し、大切な人の生命(いのち)を愛し、

そしてその生命(いのち)を健やかに育むことの重要性と使命を

改めて感じるなりました。

一度しかない人生です。

短い人生です。

偽りの自分を生きている間に

すぐに終わりが来てしまいます。

来たるべき年こそは

自分自身に授かった生命(いのち)を生きる

紛れもない自分自身を生きる

大切な一年にしましょうね。


そしてそれは自分の生命の声を感じ取ることに直結している。

これらの抜粋・要約だけでは、真意も、深意も伝わらないかもしれない。

しかし、そこに真実の種がある。

自分が本当の自分を生きるということの中に、男性だろうが、女性だろうが、LGBTだろうが、全ての答えはあるのである。

皆様の感じる力に期待するばかりである。



合掌礼拝



見えるんでしょうね… No.2615
ありがとう。さん 福岡県 歳 - 2021/01/04(Mon) 22:05

見えるんでしょうね…

亡くなった子たちを想って私たちは何かに向かって話しかけたり、泣いたり、悔やんだり、謝ったりしますでしょ
それって見えないから、ですよね
だけど、にゃんこやわんこたちには見えてるんだと思うんです
そう思う時ありませんか?
私には見えないけど『あ、いるのね…多分』そんなふーに思えると少し幸せだったりします



Re: 見えるんでしょうね… No.2619
猫友 - 2021/01/04(Mon) 22:24


前に天井を見ていたら、オーブが飛んでいました、他のうちの猫が死んだと聞いた後に、夜にトイレから私が出てきたら、洗面所でオーブが私の目の前を飛んで行きました、その後から、オーブを見ていません、その猫が私のところに来ていたんです。うちの愛猫が死んだ後に夜に父親の部屋から死んだ愛猫が出て来て廊下を歩いて行くのを見たことがあります。


: 見えるんでしょうね… No.2625
アーサー - 2021/01/05(Tue) 23:30



みんなに出会えて幸せやな、と思います


初めてだからわかりません。 No.2623
あいみさん 福岡県 歳 - 2021/01/05(Tue) 16:34
悪徳繁殖業者から救出した保護犬ということもありますが、
そもそも小型犬は抱っこの練習をしないことが初めてわかりました。

抱っこできません。小型犬はそんなものなんですか?

初めてだからわかりません。

経験があってもその子とはいつも初めてです。保護犬とは初めての生活だしね。


今は亡き愛犬たちと同じようにのんびりゆったりゆっくり楽しむのはこれからだけどね。


Re: 初めてだからわかりません。 No.2624
tetu - 2021/01/05(Tue) 21:39


自分より大きな存在に、誰しも恐怖があるのでしょう。
自分以外のテリトリーに入ることも、彼らにとってはリスクが大きいのかと。
だってしょうがない、誰かを信じることができる世界に居なかったのだから。
でも大丈夫、必ず分かり合える時がきます。
生身の心ですから。
信じるまでに時間はかかるでしょう、それが当たり前です、生身の心で
すから。
でも分かり合えたら今後はあなたが裏切らない限り、必ずその子は裏切ら
ない、それが生身の心です。人が作ったプログラムではないので。
健気で純粋な生身の心ですから。


猫の十戒もあります。 No.2622
十戒さん 鳥取県 歳 - 2021/01/04(Mon) 23:47
私はそう思います
犬の十戒、猫の十戒を心から分かっているからこそ、ペットロスで辛い思いをしてるんです
ペットロスの掲示板より、
ペットショップの掲示板にコピペしてほしいです


一生引きずると思います No.2621
涙腺さん 鳥取県 歳 - 2021/01/04(Mon) 23:32
獣医にも色々あって
技術の差や経営力だけでなく、縁や運もあり
対応や治療法や相性が合う合わないもあるので
人によってはいい獣医だったり…

獣医や自分を責めても
生き返らないのは解ってるし

たとえ文句を言っても言わなくても
不快で後悔の気持ちは残ります

結局、その獣医を選んだ自分を責めるしかなくて
益々泥沼にハマっていきます…

あとはもう「時間薬」しかありません

気持ちが落ち着くまで10年はかかるとのこと
かなりの長期戦?ですが

少しずつ「寿命、定命だった、幸せだったんだ」と
納得していくしかないのですね(涙)

何年経ってもツラいです
私は10年選手どころか一生引きずると思います

それにしても
逢いたいですね、抱きしめたいですね
お気持ちは皆さん同じです(T_T)我が同志よ!


涙が溢れます。 No.2618
さん 岡山県 歳 - 2021/01/04(Mon) 22:22


今でも会いたくて、抱きしめたくて
涙が溢れます。
あの子と一緒にいられるなら
他には何も欲しいものはないのに。
いつまでも諦めが悪いんですよね。


Re: 涙が溢れます。 No.2620
猫友 - 2021/01/04(Mon) 22:27


私も同じです、愛猫達はペットじゃなくて、私の大事な本当の家族、兄弟、子どもです。


いっぱい思い出す No.2617
元気さん 福岡県 歳 - 2021/01/04(Mon) 22:15

みなさん、色々思うところがあるのではないでしょうか。

本当に無念で・・・

当時のわたしのしつこいばかりの書き込みに、
みなさん本当に優しく接していただきました。

自分に腹がたって…
いっぱい思い出す

元気になること、いつも笑ってること、それは守ってるよ

新しい子を迎えられた方、そうではない方も心穏やかに過ごされることをお祈りします。


くーちゃん、15年間ありがとう。 No.2614
くーちゃん、15年間ありがとう。さん 福岡県 歳 - 2021/01/04(Mon) 21:40
くーちゃん、15年間ありがとう。
12月に悪くなって一気に天国に逝ってしまったくーちゃん。
最後まで手がかからなくて、本当にお利口な猫ちゃんだったね。
肝臓の悪化に早く気づいてあげられなくてごめんね。
天国はどうかな?
みーくんと楽しく過ごしてる?
一緒にいつでも帰ってきてね。
虹の橋でまた会おうね!





Re: くーちゃん、15年間ありがとう。 No.2616
猫友 - 2021/01/04(Mon) 22:14


急死した愛猫の名前を略して、くーと言っていました、先代の愛猫の名前がミーでした、うちの愛猫も手がかからなくて利口でした、お悔やみ申し上げます。


ウチの子になってくれてありがとう。 No.2613
ベルナさん 福岡県 歳 - 2021/01/04(Mon) 20:40
ベルナの旅立ちの後、保護犬のてんがウチの子になりました。
皆様にも紹介させていただきましたね。
その時は皆様から励ましのお言葉もたくさんいただきました。
その子が6月20日、11歳1ヶ月18日で旅立ちました。
繁殖犬として5年、きっと悲惨な環境の中にいたのだと思います。
人との「生活」を知らないてんは我が家に来てからも全てが恐怖でしかなく、なかなか心を開いてくれませんでした。
それでも1年半後にはお互いに心を通い合わせ、私にとってはベルナと共になくてはならない存在になっていました。
てんがいた5年間は我が家でも家族の中で大きな変化があり、今振り返るとてんが居てくれたから私は頑張って来れた事ばかりでした。

てんは悪性の乳腺腫瘍を患っており、リンパにも転移していたので長くは生きられないと言われていました。
それでも毎月の検査に行く度に獣医さんからも奇跡だと言われるほど元気でいてくれました。
2年以上も病気を忘れさせる程元気にいてくれました。
昨年10月遂に肺に転移しましたが先月半ばに体調を崩すまでは咳も殆ど出ることもなく呼吸も普通で、部屋の中を走り回って喜びを身体中で表したりもしていました。

てんを我が家に迎えるとき、ベルナの様なかわいい子を産んでくれたお母さん犬が道具のように扱われていることを知り、ベルナが旅立ってどん底にいた私でしたが何故かそんなワンコをウチの子に迎えようと言う思いが湧いてきました。
私は「可哀想な子を助けよう」と思っていましたがそれは全く違いました。
助けられたのは私です。
ベルナもてんも純粋でどこまでも優しく何時でも私を分かってくれていたのだと思います。

私はてんに「辛かった5年分を取り返そうね。10歳のお誕生日は絶対に迎えようね」といってきました。
肺に転移したときもベルナに「てんが苦しくないようにしてあげてね。」と毎日お願いしていました。
私の願いを叶えてくれて、てんは11歳の誕生日を迎えることが出来ました。
先月から少しずつ咳も出始めました。呼吸も浅く早くなっていました。それでも1日2回大好きな散歩にも行かれたし穏やかに眠っている時間もありました。
本当に苦しかったのは多分旅立つ前の2時間ぐらいだったように見えました。
本当はもっと前から苦しかったのかもしれませんね。
でも私の願いをベルナと一緒に頑張って叶えてくれたのだと思います。

てんちゃん、よく頑張って偉かったね。
本当にいい子だったよ。
ウチの子になってくれてありがとう。
ずっと忘れない。
ベルナと一緒に待っていてね。


モコへ No.2593
tetuさん 東京都 歳 - 2021/01/01(Fri) 22:09
新しい年を迎えました。君が居なくなって迎えた新しい年です。
きみにとって新しい年は意味がありますか?
既に生まれ変わって別の意識が芽生えてますか?
もう私との前世の思い出は意味のないものなのでしょうか?
君に会いたい。


Re: モコへ No.2595
ラブチャ - 2021/01/02(Sat) 17:51


tetuさんを思って、天国から見ていますよ。

あたちは毎日とても幸せで、いつでも美味しいご飯やおやつを食べて、優しい愛溢れる沢山のお友達と神様のもとで見守られながらいっぱい遊んでいるよ。
モコは今でもパパと一緒だし、こっちでも幸せでいるから大丈夫よ。
モコを見送ってくれた年が終わって新しい年になってもモコはパパとずっと一緒。これからもよろしくね、パパ。
ってモコちゃんは言っています。
そして私の愛犬も同じことを私に伝えてくれている、って書きながら自分に伝えています。思いも涙も尽きることはありませんね…


ご無沙汰です No.2596
tetu - 2021/01/02(Sat) 21:06


ラブチャさん、ご無沙汰です。
誰かに読んでもらおうとか、返信が欲しいと思って書き込んでいるわけだは
ないのですが、やはり誰かに返信頂けると嬉しいものです。
寂しくてたまらなくなり、モコに絡みたくなると自然にPCの電源をONに
してここに来ます。モコに語りかけるだけ。どうしても寂しくて。
最近よくモコの夢を見る様になりました。前みたいにおぞましい夢ではなく
普通にモコと接して。
でもね、もっと良い経験をしてます。今まで悲しくて出来なかったのですが
最近するのが、モコのお骨を抱くのです。いつもしていたようにモコを胡坐
かいた膝の上に抱くと・・・なぜか温かいのです!まるで生前にモコをいつ
も抱くように。なんだろ?あぐらかいた膝の上にお骨を置いて手を離すと、
ほんわかとモコの体温を感じるんですよ、本当なんです。
私、おかしいのかな?でも誰かに試してみる様に言えなくて・・・。
試してみてください!アグラかいて膝鵺にお骨を載せて、手を放してみて!
絶対に温かいのです!


Re: モコへ No.2598
幻影 - 2021/01/02(Sat) 22:05


ツライ事はつきものだけど
今年も 気持ちはいつも楽しく
前を向いて 進んでいきましょー♫


幻影さん No.2599
tetu - 2021/01/02(Sat) 23:36


ありがとうございます。

ですね。楽しく前を向いてですね。
力強いコメントありがたいです。

始まったばかりの2021年、モコは見えませんが
モコの事は常に心の中に居ますし、一緒に前に
向かって2021年を楽しい一年にするように頑張
りますね。

ありがとうございます。


Re: モコへ No.2604
ラブチャ - 2021/01/03(Sun) 17:25


おかしくないですよ。モコちゃんがそこにいるのですから。

人生最大の喪失感、絶望感、こんなに辛いことが人生にまだあったなんて。
どうしてもまだまだ辛いです。会いたいです。抱きしめたいです。
最後に過ごした年が過ぎ去ったことが寂しさを再び募らせました。
年の終わり、新しい年の始まりにこんなにも感情が揺さぶれるなど予想もしていませんでした。
会いたくて、会いたくて、ただただ泣くことしか出来ないんです。ほかに何も術がない・・・


ありがと No.2611
tetu - 2021/01/04(Mon) 13:12


人生最大の喪失感、絶望感、本当にその通り。そして
新しい年の始まりにこんなにも感情が揺さぶれること
想像もしてなかった。共感共感です。
優しいコメント、心に浸みます。

[直接移動] [1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17]
- 以下のフォームから自分の書き込み記事を修正・削除することができます -
処理 記事No パスワード

この掲示板は、- KENT & MakiMaki - をアレンジして使用しています。
このページの先頭に戻ります
変わり始めたお墓の考え
お墓は心の中に・・・
新しい葬送とメモリアルを提案
変わり始めたお墓の考え、「お墓は心の中に・・・」。新しい葬送とメモリアルを提案するアイキャン株式会社