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1ヶ月くらい、経ちましたが悲しみはまだ…... No.1263
みけこさん 佐賀県 歳 - 2020/06/02(Tue) 20:38
5月2日、愛猫の“みゅうみゅう♀”が…(泣)
29日で公園からオス兄弟と共に保護して11周年でした…、ほぼ11歳。
亡くなる前日1日…終日、繰り返し思い返します…この日もいつもと変わらず自分の起床時に抱っこをねだったり猫用の減塩鰹節も冷蔵庫の側から上目遣いでにゃぁにゃぁと欲しがり、ドライフードと一緒にもぐもぐ美味しそうに食べ、洗濯物干すときにバルコニーへ一緒に出て、日向ぼっこ 左右にコロンコロン転がって。ちょっと置いてた未使用の雑巾の上で丸くなったり。
それから、いたずら〜好奇心で食器棚の扉開けて(引き出しや鍵の掛けてない時バルコニーへのガラス戸も)
コラッと声掛けると、床まで降りてお腹見せて転がって、「ごめんニャ〜」のような姿と鳴き声…可愛いのでお腹モフモフの毛をわしゃわしゃ撫でました…。
よく話しかけるようににゃぁにゃぁ鳴く子でした。

癒やしの愛猫が居ても、色々あって気が滅入ってその日は買い出し行かずにいました。
保護した頃は、自分自身子供が宿らず悲しかった。年月経って諦めましたが。
その、生後1ヶ月未満位で保護して猫ミルクや、おしっこなどのお世話、全てが楽しかった( * ´_` * )
子猫の天使が舞い降りた…猫の神様が縁をくれたのだと…。
前年から独り言の様なブログやっていて、即猫育てブログに。時系列で画像や思ったこと読み返せるのでやって良かった。5年ぐらいは猫ブログしてたけど趣味に没頭して…書けばよかったな。記憶もあれど読む方が確かだし。

自身に人間用の子がいても変わらず可愛がると思う…。初めは猫らが自分の子供のように投影させるのはダメだ…と思ったけど、年月の経過ごとに猫らに息子猫、娘猫と…猫の姿した娘だと…猫に依存していました。

日常、辛いことは多々起こります。
コタツ机に長時間突っ伏して泣いたり…で、顔を上げるともう夕方。
顔のすぐそばに居てくれたのが“みゅうみゅう”でした…10年4ヶ月くらい前。まだ生後8〜9ヶ月の子猫でも心配してくれたのかなぁと人間の勝手な解釈…
だけど…よりいっそう精神的にも救ってくれた気持ちなので、感謝で、好きな鰹節は切らさないようにしました。
沢山撫でて可愛がって、どれだけ大切か気持ち込めてお世話しました…。猫も頭すり寄せたりにゃぁにゃぁと鳴いて応えたり。とにかく可愛くて大事な存在。ペットより家族…。猫の姿した娘。

年齢が二桁になり…走り回ったりまだ元気だけどいつまで一緒に居てくれるだろうかと思うようにはなりました。
保護して健康診断と、耳ダニ駆除と、お腹の虫駆除と、避妊手術と、目の診察は受けたけれど、それ以外は健康に元気に猫生を過ごしていました。
兄弟猫に喧嘩ふっかけて追いかけたりもするけれど、仲良く同じ寝床で山盛りになって寝たり。
飼い主(お世話人)には沢山の愛情をくれました。
寝室に入りそうなのを察知してにゃぁにゃぁと連れてってと催促、毎晩のように寝室に連れて行き暫くの時間はスーパー甘えん坊タイムでした。
背中が痛くなっていたり早く横になりたい時は止めてました…4月に一度だけ再開…毎晩甘えん坊タイムするんだった(泣)
11才…飼い猫だからまだ平均寿命まで…いや上手に飼う人はまだご長寿猫まで飼ってるし…とテレビなりTwitter見ながらうちの子に投影してました…

終日元気だった1日…夜も追いかけっこ、自分の踏み台昇降運動の邪魔を久々されましたが…みゅうみゅう自体が踏み台昇降の台が好きだった様子で、「この台みゅうみゅうのだから!ドタバタ乗らないで!」と思ってるんだろうなと…
でも運動不足なので、台の上を半分占拠してた猫を降ろして続行しました…譲ればよかったな(泣)
兄弟追っかけたり台の所有を自己主張する元気や気力もいつも通り…
だったのに、2日に日付が変わっていたのはテレビの番組で把握、三段ボックスのてっぺんの、寝床から突然に仰向けで四脚をバタバタとさせる音がして、それは横にいる猫に猫パンチと猫キックしてじゃれていると思って(生前もやっていたので)、
それでも目線外さずに様子をみていると、
横の猫が顔を近づけてペロペロ舐めるか甘噛みしてるのにリアクションしないのはおかしいと思い、
数メートル歩み寄ると瞳孔が開き切っていて口元が緩くて、頭は自身で支えられなくて…意識がない!と思い
旦那に様子がおかしい!と叫んで
すぐ人口呼吸と心臓マッサージ交互にしてくれてる間に、夜間の動物病院(以前にももしもの時に探しましたが)を探すと県の端にしか無くて…
旦那による蘇生措置のあいだ声かけたり軽く揺すったりしましたが痙攣して以降、動くことはなくて。
息を引き取ったのだと悟ってから三時間ぐらい旦那と泣きました。
夜中…寝る前に火葬に決めて…遺骨の状態でもそばにいたい。

火葬の手続き待つ時も…昨日は元気だったのに翌日にはこんな…焼かなくちゃいけなくて病因で泣いた。


普通に寝て起きて冷たくなった猫を見るよりは…。
蘇生始める前から絶命していたのかもしれない、とにかく亡くなる1時間〜2時間未満前には元気だった。
眠くなって寝床で休んでるあいだに何か起こったのか、
自分が風呂からあがって…
旦那の膝に居て、にゃぁ、と鳴いたかな。
それから一匹用の寝床で…猫パンチキック…
じゃなくて痙攣…
痙攣起こすような突然死って何だろうかとネットで見ても、火葬頼む際にかかりつけの先生に訊いても…
色んな病気で起こすようで、心臓かも…脳かも…でも予兆が分からなくて助けられなくてごめん、
余裕で助かるところまで時間巻き戻して先生に診せたかった…クローン猫でまた一緒に生活したい…
同じ毛皮着て生まれ変わった“みゅうみゅう”と暮らしたい…
どこに訴えもできず、「みゅうみゅうを帰して」と。

頭や肉球やお腹の匂い嗅ぎたい…艶々毛並みの頭から素晴らしい曲線美の猫背撫でたい…。
画像も保護した日から沢山撮りました。動画は子猫の頃が多くて大人猫時代は気まぐれに撮ったので数が少ない…もっと撮っておきたかった…でも撮るのも良いけど可愛い子を直ぐ様撫でて抱っこして、猫も愛情沢山返してくれて…
重い病歴も無くてあれだけげんきならばまだ死なずに猫生を楽しめだだろうになぜだろう、猫の神様はなぜ突然死で連れて行ったのだろうと(泣)
カラスのいた公園にダンボールにいてその先カラスから狙われるよりは…保健所に運ばれるよりは…。

こちらを詠んでみるとまだ若猫さんなのに亡くなった子たちもいてよりいっそう悲しいでしょう…。

兄弟猫も三匹、11歳でも今のところ元気、でもメス兄弟が突然死なので、寝てるようでちゃんと息してるか見るように。
自分らに人間の子がいないので、兄弟猫らも天に召されたあとの遺骨をどうしようか…。存命時から旦那や自分の兄と話をしていたけれど亡骸を土に埋めるのも辛いし遺骨の行く末も悩む…。ぽっかり空いた心の猫型の穴は…猫なしじゃ生きられない…訳じゃないけれど、人間の嫌なとこ思い知らされると猫に依存したくなる。
周り見渡せば皆幸せに見える、自分よりずっと。贅沢かも知れないけど…。
来年3月は合同道慰霊祭と聞いたので、そちらでも愛猫、愛犬さんたちと何か…分かち合えるかな…。動物病院で愛猫さんと話すの何気に楽しいので…、

長々とすみません、有り難う…。




書き込み失礼します No.1255
あやさん 北海道 歳 - 2020/06/01(Mon) 21:39
はじめまして。書き込み失礼します。
一歳の愛猫をFIPで亡くしてもうすぐ四十九日です。
日中は仕事をしていて平気なのですが、毎日夜になると涙が出ます。仕事中もふとした時に猫のことを思い出し、涙が出そうになります。
病気に気付くのが遅すぎました。通院はしていましたが、FIPという大きな病気に気付けず、診断されてから二日後に旅立ってしまいました。
こんなことになるのなら、もっと構ってあげればよかった。自分が仕事から帰ってきて疲れているからといってあまり遊んであげられない日もありました。
亡くなる二日前、まだ元気で力が残っていた最後の夜、私が先にベッドに入りその様子を横で見ていた猫の頭を撫でた記憶がずっと頭から離れません。
ふわふわで小さくてかわいい頭。
トラウマのようになっています。元気だった愛猫の最後の夜の姿、思い出すのが怖い記憶です。自分はなんて馬鹿だったんだろうと…。
こんなことになるとわかっていたなら徹夜でも仕事を休んででももっと遊んであげた。一緒にいてあげたのに。後悔ばかりです。

仕事を終えて私しかいない家に帰っても、無気力で何もやる気が起きません。
夜はいつも猫と遊ぶ時間でしたが、亡くなって以来、時間も心の中もぽっかり穴が開いてしまったようで、愛猫のことを思い出しては毎日泣いています。

いつか笑って愛猫に「一緒にいてくれてありがとう」と伝えたいですが、まだ看取った日やその前の晩の心苦しい記憶がついてまわっていて苦しいです。
ペットロスには新しいペットを飼うことも有効という意見も見ましたが、自分はそうは思えません。。


Re: 書き込み失礼します No.1262
N.K - 2020/06/02(Tue) 17:27


あやさんお悔やみ申し上げます。

なんだか7年前に猫が亡くなっているのに、場違いで申し訳ありません。
7年前にあやさんと同じで1歳の猫を同じFIPでなくしました。

実は主人が勝手にペットショップから買ってきてそのころ6か月でした。
もともと体が弱くて、特に消化器系が弱くしょっちゅう病院通いでした。
病弱なので、1歳半で去勢して、そのあとから具合が悪くなりました。
その時マンションの大規模修繕をしていて、ものすごい音とペンキのにおいがひどくて、人間でも耐えられない状態でした。

だんだん机の上に登れなくなり、食べなくなり、座布団にうずくまり、トイレだけ動く状態。病院に週2回通って、その時だけ元気。
食べても痩せていき、見ていられませんでした。

何回かの検査でFIPが発覚。もうその時はなすすべもなく、発覚してから、2か月後に亡くなりました。
もうすぐ2歳でした。あやさんのおっしゃる通り、後悔の連続でした。

新しい猫をまだ飼いたくないお気持ちよくわかります。
私もなくなったときはそう思いました。
しかし、何気なく保健所の殺処分のこと見てしまい、しかも幼い猫が多いとのこと。
猫が亡くなったばかりで、しかもなぜ見てしまったのかもわからなくて、妙にその保健所の猫を助けたくて、主人に相談して、ある個人のボランティアの保護団体から、当時3か月の子猫が2匹来ました。
今は7歳になっています。
あやさんには申し訳ないのですが、前の猫は公立の葬式屋さんにしたので、立ち合いも火葬も立ち会えなくて、いろいろな動物が眠る合同墓地に埋められたので、お骨もありません。なので、写真を額に入れて毎日忘れないよう見ています。

実際新しい猫が来ても、この苦しみは消えないと思っていたのですが、やんちゃ暮れ2匹のおかげで、少しずつ忘れたというより、心の奥隅に置けるようになって、でも前の猫は忘れていません。亡くなった当時のこと、生きていた時のこと、7年たっても忘れていません。

今の猫たちが元気なのも、きっと前の猫が守ってくれているのだと思っています。
1年はまだ苦しみは消えないと思います。でも、少しずつ心の奥に置けるようになっていきます。それまでは、猫ちゃんのこと思い出すと思います。
あやさんは仕事されているので、仕事しているうちに、少しずつ心の隅に置けるようになると思います。私は専業主婦だったために、いつまでもだめでした。それで新しい猫をと思ったのです。

今は苦しいかもしれませんが、仕事をされているとのこと。あまり思いつめて、体を壊さないようになさってくださいね。本当に少しずつ、心の隅に置けるようになっていくので、あまり自分を責めないでくださいね。


長文ですが失礼します No.1256
まいさん 大阪府大阪市北区 24歳 - 2020/06/01(Mon) 23:51
はじめまして。
2週間前愛猫のひめちゃんが虹の橋へ
ひめを引き取った時はまだ2歳半頃で
元気いっぱいのちょっとおデブさんの茶トラの女の子
その当時まだ私は17歳で実家暮らしだったのですが、
19歳の時実家を出て一人暮らしをすることになり
ひめも一緒にお引越し。
引越しして1ヶ月たった頃1日に何回も吐くようになり
近所の動物病院へ行ったのですが原因不明。
肝臓の数値が悪く、肝臓、膵臓、胆嚢、十二指腸が炎症を
起こしているということで、点滴やお薬で治療していましたが
一向に良くならず、胆嚢の摘出手術をしました。
その際、肝臓の一部を切り取って病理検査に出した結果
内蔵型肥満細胞腫という非常にレアな病気だということがわかり
余命7ヶ月程だと言われ落胆していました。
それから1年ほどいろんなお薬で治療を続け、完治はしませんでしたが、なんとか元気になってくれてました。
事情がありまた引っ越しをすることになり次のお家に住み出した頃にはほんとに病気なの?というほど元気で、治ったんじゃないかとも思っておりましたが、憎き病気はまだひめの身体を蝕んでいたそうです。
それから病院の頻度も減り、余命宣告をされてから3年半
ひめは10歳になって、通院しながらではありましたが元気でした。

それが5月19日の夜から少し具合が悪そうで、ご飯も食べず
水だけは飲んでいましたがぐったりしてきました。
何回か倒れて病院へ行って点滴をしてもらって回復して
ということがあったので次の日20日の朝病院へ連れて行こうと思い、
その日は様子を見てしまいました。
次の日病院へ着いた頃にはひめはもうぐったりして呼吸も浅く、
でも私はいつもみたいにまた回復してくれると信じ切っており、
ゆっくり点滴をするので一旦お預かりしますと言われ、そのまま自宅へ帰ってしまいました。
それから1時間ほどたった頃病院からすぐきてくださいと電話があり、
急いで行ったのですがもうひめは冷たくなっておりました。
最期の瞬間一緒にいてあげられなかった。
前の日急いででも病院に行っていれば、点滴の時、病院の外で待っていれば、悔やんでも悔やみきれないことばかりです。
どこへ行くのも一緒だったひめが突然いなくなり
心に大きな大きな穴が開いてしまいました。
葬儀、火葬も行っていただきましたが、火葬の瞬間何かが崩れ落ち、泣き叫んでしまい、母が付き添ってくれていたのですが、年甲斐もなく母にしがみつき火葬が終わるまで泣き叫んでおりました。
火葬が終わり、ひめが骨だけになっていて、収骨させていただいた時も涙が止まらず、帰ってきてからは放心状態。今でもずっと寝る時は骨壷を横に置いて寝ております。

こんな頼りない私でごめんね、もっともっと
してあげられることがあったのでは、そばにいてあげられなくてごめんね。

ここの掲示板を見て、苦しいのは私だけではないんだと思うと少しだけですが、心が穏やかになった気がします。
ですがまだひめのことがひと時も頭から離れません。
会いたいよひめちゃん
抱きしめたいよひめちゃん
いつもみたいにお布団入れて〜ってきてよ
撫でて〜グルグル〜って言ってよ
大好きだよひめちゃん、ずっとずっと愛してるよ。


Re: 長文ですが失礼します No.1258
はな - 2020/06/02(Tue) 07:16


私も今日からちょうど2週間前に愛兎のとんすけを亡くし、毎日泣き暮らしております。さまようように、助けを求めてペットロスの色々な人のブログや掲示板を見てここにたどり着き、今朝まいさんの書き込みを見つけ、お気持ち本当に同じで、ちょっとお話ししたくて書き込ませていただきます。
とんちゃんも兎の胃腸障害であるうったいという状態を何度も経験して、お医者にかかったり、いつのまにか治ってまた自力で食べ始めたりを繰り返しいました。7歳半で、うさぎとしてはシニアに入りかけたくらいでした。
なので今回も4月終わりくらいにまた食べなくて、でも手を変え品を変えして食べさせて工夫しましたが、うさぎは食べないとお腹にガスが発生して命取りなんです、はかばかしくないので病院にかかりましたが、少し良くなって、でもあまり状況は改善されませんでした。それでもとんすけは最後の前日まで私たちの目にはわりと元気だったので、私も同じくまさかこれで旅立ってしまうとおもわず、5/18にまた3回目の注射と点滴に行きました。でもその晩は苦しそうで、でも私も翌朝一番で行こうとは思ったけど、救急にかかろうとはせず、翌朝行きましたが帰りの車中でダメになってしまいました。本当に今回もまた治ってくれるだろうと思っていたので、あの最後の夜は本当に苦しかっただろうと思い本当に申し訳ない気持ちで辛いです。
私も骨壷を枕元に置いて寝ています。でもあの子のいない喪失感で押しつぶされそう。本当に可愛かったから。今は思い出達は全て蓋をしています。思い出したら辛すぎて辛すぎて。でも亡くなってどんどん日にちが経ってあの子から遠ざかっていくのもとても悲しくて。部屋中にあの子の思い出が溢れているんです。本当に本当に悲しい。
あれが最後だったなんて思いたくない。あの子に触れたい、だっこしたい、もう2度とそれがかなわないなんて、どうやってこれから生きていっていいか、目の前の穴の深さ暗さに圧倒されてどうしようもなく辛い気持ちです。
でもここに来てみなさんの書き込みを見て、辛いのは自分だけではないと勇気をもらえています。まいさんのお気持ちと自分のことがとても重なったのでかかせていただきました。長文乱文でごめんなさい。読んでいただきありがとうございます。


はなさんへ No.1261
まい - 2020/06/02(Tue) 14:54


はなさん、同じ時期に大切な家族を亡くされ、同じような経験をされているということを知れて少しですが心に余裕ができました。ありがとうございます。
とんすけちゃんもきっとはなさんと一緒にいれて幸せだったと思います。
私も後悔ばかりですが、ひめも幸せだったと信じたい。
この悲しみや辛さは味わった人にしかわからないと思います。
なのでこうしてここでお話しさせていただけて少し気が楽になった気がします。
友達や家族にはもう落ち着いたよ、心配してくれてありがとうって
強がっておりますが、まだまだ一人になると泣いてばかりいて、でも誰にも
言えなくてという負のループです。
死にたいとかそういうのではないですが、早くひめのもとへ行きたい、ひめに会いたい、そればかり。
今はお互い辛い状況が続いておりますが、また笑って幸せだったとんすけちゃんやひめのことを話せる日が来ることを願っております。


無題 No.1239
ショコラさん 大阪府東大阪市 歳 - 2020/05/28(Thu) 00:00
12年共に人生歩んできたシーズー犬ショコラが旅立って1週間になります。たくさんの病気と闘ってきました。最期の1週間は1時間おきの下痢でした。ほとんど寝れず仕事にも行ってました。ある夜中私は思わず、ショコラに、いい加減にして。お母さんもクタクタやねんとひどい事をいってしまいました。その時のショコラの悲しそうな顔が頭から離れません。腎不全から敗血症になり、危篤だと言われてたのに、私はなぜかショコラの死から無意識に逃げてしまいました。そんな事言われても、ショコラには明日が来ると思っていて、大好きだった散歩も、抱っこして、連れて行ってあげようかなと思ったのに、明日にしようと思ったり。なぜかそんな日に美容院行ったりしてしまいました。一番大きな後悔は、最期の夜、何故か私は気持ちがソワソワして落ち着かず、どうしてもショコラに近づく事ができませんでした。いつもはお休みと声をかけ、最近は腕枕してたのに、何故かこの日だけは、超えもかけず、頭を撫でてあげることもせず、くっついて寝るのが好きだったのに、ちょっと離れた場所で寝てしまいました。夜中ふと目がされると、ショコラは寝る前と同じ場所にいました。触れると弱々しく息はしてましたが、少し身体は冷たくなっていました。慌てて娘を起こし、最期は娘の腕の中で、看取ることはできました。でも私は何故最期の夜に限って超えもかけず、触れる超えもませず寝てしまったのか。何故抱きしめておやすみと言ってあげなかったのか。毎日毎日遺骨を抱きしめながら泣いています。辛くて辛くて、動悸がして、うまく息ができなくなります。ほんとに苦しいです。たくさんの写真を見ながら、楽しかったときの事を思い出そうとしますが、後悔ばかりが頭に浮かんでしまいます。苦しくてたまりません。


Re: 無題 No.1243
みかん - 2020/05/28(Thu) 19:16


ショコラちゃんのお母様、私の投稿にコメントありがとうございます。
ご自身の事、そんなに責めないでください。私も日本にいた時大学病院勤務で、看護師さんの激務は知っています。そんな中、ショコラちゃんの看病、さぞ大変だっただろうし心労もすごかったでしょう。
私も、どうしてもいなくなってしまうなんて思えず、最後の晩は隣にいながらスマホ見たりしていました。受け入れられなくて無意識に逃避していたのかもしれません。随分責めましたが、自分に置き換えてみてみると、自分が臨終の間際に最愛の家族がそんな感じでも悲しみや恨みの気持ち、なさそうだなと思いました。イライラした母にひどいこと言われたりしたこともありましたが、変わらず母の事は大事です。
ショコラちゃんも、お母さん大好きですよ。小さい子がいますが、子供って本当にお母さん大好きなんだなと思います。

自分の話になってしまいますが、わたしはヨーロッパ暮らしに楽しみがあまり見出せず、心を割って話せる友達もいないので、随分愛犬には助けられました。
今年は年1の楽しみの夏休みの一時帰国もキャンセルになり、追い討ちをかけるように愛犬の死でした。絶望であまりの落ち込みように、主人は、来月のお葬式の後また犬を迎えようと話してくれました。
あの子の生まれ変わりに会えるのかもしれないと、少し楽しみです。

私はちょうど1週間経ち、まわりのペットロスの経験のある友達達とたくさん話したことで気持ちが落ち着いてきました。やっぱり、友達の話を聞いているとこんなに悲しんでくれる飼い主さんでみんな幸せだったんだなと感じます。
ショコラちゃんも、紛れもなく幸せでしたし、あー楽しかった、幸せだった!と天国に行ったはずですよ。



Re: 無題 No.1248
ショコラ - 2020/05/29(Fri) 08:10


みかんさん、コメントありがとうございます。ショコラは私を恨んではないでしょうか?私も最期の夜、ホントは残された時間は、ないとわかっていてはずなのに、隣でスマホ触っていました。、なぜあの時スマホなんか触らず、声をかけなかったのか。、だきしめてあげなかったのか、そんな想いが、ずっとループしています。
でも以外とショコラは気にしてないんですかね?昨日で1週間、10年以上お世話になった病院に娘と挨拶に行きました。先生はたくさんの病気と戦い抜いた、ショコラの生き様はほんとに学ぶ事ばかりだったと言ってくれました。ショコラは戦い抜いたんだって思いました。僕頑張ったよって。最期まで必死に生きたよって。もっと褒めてよ!って言ってるかな?今はまだまだ感情ぐちゃぐちゃです。でもごめんねと言う前に、頑張ったねって言うようにしていこうと思います。まだまだ遺骨抱きしめながら泣いてますが。ここに想いを書く事、コメント頂ける事、皆さんの思いを読む事で心救われます。ありがとうございます。


ありがとうが言えない… No.1238
銀ママさん 東京都 歳 - 2020/05/27(Wed) 23:54
5月11日に銀太郎(猫)が死んでしまいました。
2017年10月生まれの保護猫でウチに来てくれたのは翌年の3月、まだ2歳7ヶ月だったのに…。
昨年の10月から具合が悪くなって、輸血をしたり手術を2回もしたり、大嫌いな病院にも何回も何回も連れて行って‥7ヶ月も辛い闘病生活させて、ごめんね銀ちゃん。
イヤだイヤだって言ってるのにムリヤリ薬飲ませたり、外に出たいって鳴いてるのに出してあげなくてごめんね。
最後の最後に大嫌いな病院に連れて行ってごめんね。
闘病中にまだママを置いて行かないで‥って言ってたから、7ヶ月も頑張って苦しかったよね‥ごめんね。
ウチに来てくれてありがとうって言いたいけど、ウチに来て銀ちゃんは幸せだったのかな‥短い猫生で辛い事ばかりで。
もう一度ギュッて抱きしめたい。大好きって言いたい。
長生きさせてあげられなくて、ごめんね。


Re: ありがとうが言えない… No.1242
ショコラ - 2020/05/28(Thu) 00:48


私もそうでした。三月に腎臓が、急激に悪くなり、食べれなくなって、このまま食べなければ危ないと言われて、必死で、流動食を注射器で、あげました。嫌がって暴れるショコラを押さえつけて。頑張れ頑張れと言いながら。もっと長生きしてと言いながら。旅立つ前私はショコラにどうしても近づく事ができませんでした。娘はそれはショコラが望んだのかもしれないと言いました。お母さんに最期まで頑張れと言われるのが、もう辛かったから、あえてお母さんが近づかないように、自分に意識が向かないように、疲れ切ってたのがわかっていたから、最期くらいゆっくり寝てと。もう頑張れと言われても、答えられないやと思ってたのかなと。私も遺骨抱きしめながら謝ってばかりです。


Re: ありがとうが言えない… No.1246
銀ママ - 2020/05/28(Thu) 23:51


ショコラちゃんのお母様も辛い体験をして、悲しみが癒えてないのにコメントしていただき、ありがとうございます。
銀太郎の病気がわかってから、別れが近い事は覚悟してたつもりでした。
無理やり治療はしたりせず、最後は静かに逝かせてあげよう‥と思っていたのに、最後の最後に病院に連れて行って、病院で息を引き取ってしまったので凄く後悔しています。
病院で最後を看取る事は出来たのですが、輸液をしてる時の嫌がってる目が忘れられません。
最後は大好きな家で逝かせてあげたかった。
走り回って気持ち良さそうに寝転がっていた銀太郎を思い出したいけれど、最後の顔しか思い出せなくて‥きっと、銀太郎を苦しめてしまった罰なのだと思います。
ショコラちゃんはお母さんの事苦しめたくなくて、最後は近づけなかったのかもしれないです。
でも、大切な子の死はどんな形であれ悲しみと後悔がありますよね。


無題 No.1245
いな子さん 滋賀県 歳 - 2020/05/28(Thu) 22:45
つい数日前までおやつや野菜欲しさ、構ってほしさにドアを突き破る勢いで走り回っていた10歳のウチのうさぎさん。そんな毎朝の日課が昨日からなく、今日は見るからにしんどそうな表情。病院に急いで連れていったら、内蔵にデキモノがある。肺も悪い。もういつ死んでしまってもおかしくない状態だと先生に言われました。
うさぎの平均寿命から考えたらすっごい長生き。だからもうずっと家族の中でもいつどうなるかわからないね、と、話し合ってはいたのに。いざ、苦しそうにしている姿を見ると本当にこの子はもうすぐいなくなってしまうのかと呆然としています。
どうしよう、嫌だ、げんきになって、置いていくなんてやめてほしい。そんな言葉しか出てこない。でも一秒でもはやく苦しい思いから解放してあげてほしい気持ちと、なんとか少しでもまだ一緒に居れないのかという気持ちが交互に出て来て自分でも何がなんだかわかりません。今から私が寝て、明日起きた時にあの子が冷たくなっていたらどうしよう。そんな考えばかり浮かんで、気付いたらここに辿り着いていました。
それでもまだ失っていない現状なのに、書き込んでしまいごめんなさい。でもどうしてもどこかで自分の気持ちを吐き出したかった。ごめんなさい。ごめんなさい。
自分の一番辛い時に家族になった愛兎。そんな10年の時間を一緒に暮らしてきた家族。まだ私を置いていかないでほしい。


無題 No.1230
みかんさん 海外 歳 - 2020/05/23(Sat) 00:06
20日9時に、18歳を目前にしたチワワを亡くしました。
書く事で、すこし気持ちが落ち着くかもしれないと思い、こちらに来てみました。

22歳の時に念願のチワワのお母さんになり、それからは仕事以外は本当にどこにでも連れて行き、たくさんの思い出を一緒に作って来ました。
結婚式のホテルにも泊まり、ヨーロッパへの海外移住も一緒に来てくれて、ハネムーンも一緒に行きました。フランス、イタリア、ベルギーやスペイン、本当に色々な国を一緒に旅行して来ました。
移住して一年くらいが過ぎたところ、すこし肥大気味の心臓の弁が一気に何本か切れ、先生からは明日、来週、来月、何年後、いつ残りの弁が切れるかわからない、その時はもう助からないと言われましたが、投薬でなぜか心臓が小さくなっていき、薬も本当に少ししか飲まなくてもいいくらいになりました。
その後も、食欲がなくなり元気がない時は注射を打って貰えばまたいつもの元気な体に戻った事が大体年一回くらいありました。17歳になり、耳が遠くなり白内障も進行して目も見えなくなり、寝ている事も多くはなりましたが元気だと思っていました。
半年前にまた食欲、元気がないので病院に連れていった所、腎臓の数値が高い、いつ亡くなるか、明日なのか来週か、数ヶ月後かは誰にもわからないと言われました。
びっくりしましたが、また心臓の時みたいにきっと大丈夫!と希望をもっていました。
フードは腎臓サポートに切り替えましたが、注射をしていただき、それからは元気に過ごしてくれていました。特に点滴などの指導はなかったです。
しかし1週間前、また食欲がなくなり、腰が立てなくなってしまい急いで病院に連れていった所、腎臓の数値がものすごく高く体温が35.8になっている。このまま入院して点滴をし、体を温めます。そうしなければ夜には死んでしまいますと言われました。
ものすごくびっくりしましたが、結局体温は低くなる一方で、安楽死を勧められましたが、安楽死をさせなくても眠るように亡くなるので痛みは感じないと言われ家に引き取って来ました。
こんな状態になっても、まだどこかで今までみたいに大丈夫と思う自分もいました。
結局、一晩中キュンキュンないて(痛み止めを一応飲ませていました)朝方30分の痙攣の後亡くなりました。
本当は痛みがあったんじゃないか、自分が看取りたいだけのエゴだったのではないか、
なぜ亡くなる瞬間まできっと大丈夫などと思いこんでいたのか、悲しくて泣いているのは、愛犬を亡くした自分がかわいそうで泣いてるナルシシズムではないのか等いろんな思いが交差します。

海外移住をして、慣れない土地、言語でそばにいてくれてどんなに助けられた事か、しかし4年前に子供が生まれた事で構うことが圧倒的に少なくなり、抱っこすらできていない日もありました。せめてといつも一緒のソファで過ごし、寝る時は同じベッドでした。精神的に大変な時期は存在すら疎んでしまう時期もあり、本当に胸が苦しいです。あんなに大好きで愛情いっぱいに過ごしていたのに、晩年は悲しかったんじゃないか、どうして最期の時を意識して接しなかったのか、気が狂うんじゃないかというほどの悲しみと喪失感です。
昨日は一日中、愛犬が息耐えたベッドから出れずにいました。子供も、愛犬の真似をしてワンワン、と鳴きいつも寝ていたベッドの場所で丸まってくれたり優しさに癒されたりしていますが、明日子供の誕生日なので買い物に出た所、体が鉛のように重くなにもかもどうでもよく、涙が溢れて来ます。
主婦業の傍ら、音楽学校に通っていますが、教職を取ろうと頑張っていましたが、もうそれもなにも役に立たない、やってどうするんだ、と無気力になってしまっています。

亡くなった午後には、葬儀場の霊安室に安置しにいき、来月中旬にお葬式です。
また辛い思いを少し時間を空けてしなくてはいけない事が怖いです。

かわいいあの子がどこにも居ない事が耐えられません。

読んでくださりありがとうございました。




Re: 無題 No.1234
ふくあや - 2020/05/23(Sat) 22:44


みかんさんコメントありがとうございました。投稿みさせてもらいました。子供のことでいっぱいいっぱいで、愛犬にかまってあげられなかったことすごく後悔ですよね。私も結婚する前に何回か引っ越しをしたりしましたが、いつも一緒でした。産後に実家に預けたこともありますが、いないと寂しくなりすぐに連れて帰ってきたり…。一緒にいることが当たり前だったので今もとても寂しいです。その寂しさをうめるために、49日まではずっとお水とえさを与え続けようと思います。まだそばにいてくれてるような気がして。きっと虹の橋の前でずっと待っててくれます。私はそれを信じます。今はたくさん泣いて。幸せにしてくれた愛犬に感謝しましょう…


ふくあやさん No.1235
みかん - 2020/05/24(Sun) 02:05


ありがとうございます。まだそこにいる気がする気持ち、すごくわかります。
無意識に、ご飯用意しなきゃ!と思って、もういいんだった、と寂しくなります。
昨日まではベッドから動けませんでしたが、今日は歯医者の予約に子供の誕生日と、1週間ぶりに食事の支度をしたりバタバタ動き回っているうちに、少しだけ気持ちが落ち着いて来ている気がします。でも、行きそびれた場所も伝え忘れた事も無いので、後悔なんてないはずだと気持ちが変わって来ました。
私の場合、空きがなく葬儀がまだまだ先なので落ち着いて来た頃にまた悲しい思いをするのが怖いですが、こどもがまだここにいるよってずっと空中を指差すんです。ふざけているのかわかりませんが、近くにいてくれているのかもなあって思います。
いつか、虹の橋で会えるのが楽しみです。


Re: 無題 No.1240
ショコラ - 2020/05/28(Thu) 00:19


そのお気持ち、とてもよくわかります。私は看護師をしていて、患者さんの死期はだいたいわかるのに、何故我が子の死については、明日があると思ってしまったのか。危篤と言われてたのに、何故きちんと向き合ってあげなかったのかという気持ちしかありません。私はプライベートで辛い事があり、その時にいつもそばに寄り添って支えてくれていたショコラ。でも私はその辛い出来事から目を背けるために出かけてばかりいました。今になっての後悔。どうしようもない後悔ですよね?周りからは楽しかった事を思い出すようにとか、そんなに泣いてたらショコラが悲しむよとか言われます。頭ではわかってるけど、心が追いついていかないですよね?あの日あの時に戻れたら。最期の時をしっかり向き合う事ができたら。そんな事ばかり考えてしまいます。ほんとに辛くて苦しいですよね。


Re: ショコラさん No.1244
みかん - 2020/05/28(Thu) 19:45


余談ですが、私自身何度か手術を経験したことがあり、麻酔で意識が飛ぶ前に、事故か何か起きて死ぬかもしれない、でもそしたらそれはそれでいいや、みんな今までありがとう〜と、すごくあっさりした気持ちで意識が無くなりました。なので逝く側ってそんなものなのかもとずっと思っていました。
苦しむのは遺族だけなのかも、と。
ショコラちゃん、今は苦しみも痛みもない天国で新入りとしてうちの子と遊んでいるかもしれません!ちょうど同じ時期ですよね。
生きているので、仕事や家事、子育てで二十四時間愛犬にベッタリ、なんて無理ですし、きっと何も後悔がない人なんていません。でも、愛犬の人生自体には苦しい思い出しかないなんてあり得ないです。どうかご自身を責めないで下さいね。



無題 No.1236
ともさん 和歌山県 17歳 - 2020/05/27(Wed) 06:34
一昨日家族同然のチワワのももちゃんを亡くしました。
なくなってからずっとももちゃんのことを考えてしまい、眠れません。
ももちゃんは10日ほど前に大好きなジャッキーを3本食べて吐いてしまいました。
私はジャッキーの裏に小型犬1日三本までと書いてあったのを守ったのでなぜ吐いたのか分かりませんでした。
一時的にそうなってしまったのかなと思い、また家族もそう思い、病院に連れていきませんでした。それからは体調が悪そうとかなかったのですが、すぐにゲージに入り寝るようになりました。でもその時は普通に見えました。
25日、私は高校の分散登校日で朝から学校に行っていました。親は仕事は休みでしたが田植えの準備をしていて田んぼにいました。
母が帰ってきたらゲージを噛んでいたそうです。
母は何かおかしいと思い近づくとしんどそうだったのでゲージを噛むのをやめさせました。そうするとゲージの中のソファーで横たわり母がからだを撫でてなくなって行ったそうです。私たち家族はももちゃんが私たちに感謝を言うためにゲージを必死に噛んで生き続け母に感謝を告げ安心して旅立ってしまったのかなとはなしをしています。
私は12時に学校が終わっていました。
しかし友達とお昼ご飯を食べに行き、コンビニでのんびりお喋りをしていました。
もっと早く帰っていれば体温があるうちにお別れできたのかなとかすごく自分を責めます。なんで登校日が25日だったのか。
神様はどうして…
後悔です
ごめんねしか言えません。
大切な家族を失って、しかも急で受け入れられません。
ずっと考えて他のことが何も手につきません。
ここにたどり着いたので書かせていただきました。


Re: 無題 No.1241
ショコラ - 2020/05/28(Thu) 00:40


辛い思い、ほんとにわかります。なぜ、なぜという気持ちばかりが、湧き出てきますよね。なぜこの日だったのかと。私は最期の夜が夜勤明けでした。ショコラの下痢が続いていて、寝ずに病院連れて行って、仕事行って、帰ってきて病院いって。疲れ果てていました。もし最期の夜が明日だったら。もう少し心も体も余裕があったのか。そしたら最期きちんと向き合えたのか。ショコラの死から目を背けなかったのか。そんな事ばかり考えます。頭ではわかってるんです。もしこの後悔がなくても、絶対に他の後悔が湧き上がってくるんだと。でもやっぱりなぜ?あの時してあげなかったのか。そんな事ばかり考えて、気が狂いそうですよね。遺骨抱きしめながら毎日謝って、もう一度抱きしめさせてよと、大好きと言わせてよと。狂ったように泣いてます。辛い辛いですね。


大好きなふーちゃん No.1237
ふーちゃんママさん 静岡県 歳 - 2020/05/27(Wed) 13:22
一昨日、家族の一員を亡くしました。
フトアゴヒゲトカゲのふーちゃんといいます。
家にお迎えしてから9年でした。

昨日、火葬を終えましたが、読経していただいている間も涙が止まりませんでした。爬虫類で…と思われるかもしれませんが、愛嬌のある顔をしていて、温浴したり、主人の胸に乗ったり、でも暴れたり噛んだりは一切なく、とても穏やかな子でした。
下痢や吐き戻しをしたときなんかは気が気じゃなく、エキゾチックアニマルを診察してくれるかかりつけの動物病院に駆け込んだりしていました。

9か月の赤ちゃんがおり、妊娠中は主人にお世話を任せっぱなしになっていて(妊娠中に風疹の抗体値が低く感染症の抗体がないのが分かり、気をつけるよう言われて神経質になっていたのもあります)、もっとこうしてあげたら、ああしてあげたら、そんな思いばかりがぐるぐる巡っています。
最近は子供にかかりきりで写真も撮っていなかったし、ふーちゃんは今までたくさん幸せをくれてたのに、失ってから大切さに気付くなんていい飼い主じゃなかったよね…

今は悲しくて寂しくて涙が止まりません。
いつか癒えるのでしょうか…
まだ離れたくないけど、四十九日を過ぎたら散骨できるかな。

ふーちゃん、大好きだよ。虹の橋で待っててね。
また絶対会おうね。



後悔ばかり No.1221
ふくあやさん 静岡県 歳 - 2020/05/17(Sun) 23:53
4日前に10年飼っていたチワワが亡くなりました。前日までお散歩も行き、ごはんも食べれていました…夜になると突然何回も嘔吐をしたのですぐにかかりつけの病院に電話をしましたがつながらず。朝までずっと様子をみながら過ごし、病院から折り返し電話がきたのですぐに病院に連れて行きました。その時にはまだ歩ける元気もあったので胃腸炎と診断され、点滴などの処置をしてもらいました。帰ってきてからもずっとぐったりしていたので、薬が効いているのか…わからないまま様子をみていました。夜になっても調子がもどらないのでおかしいなと思い、別の夜間の動物病院につれていこうと支度をしていると、急にキャンキャンとなきだしそのまま亡くなりました。私が独身時代にその子をむかえ、たくさん可愛がり、いろんな所に連れて行きました。とても人懐っこい子だったのでいろんな人に愛されました。しかし結婚をし子供が生まれるとバタバタな生活でその子との触れ合いもすごく減り、とても寂しい思いをさせてしまっていたはずです。せめてもと思い、名前をよんだり話しかけたりはしていました。あと1年すれば子供がその子と遊べるようになるかなぁと想像していたやさきに突然の死がきてしまいとても悔しいです。こんなことになるなら、睡眠を削ってまで愛犬と触れ合えばよかった。症状がひどくなる前に違う病院に連れてけばよかった。もっと判断を早くすれば助かったのかもしれないと後悔ばかりです。毎日涙がとまらず、食欲もなくその子のことばかり考えてしまいます。遺品整理をすれば少しは落ち着くのかなと思いましたが気持ちが沈んだままです。毎日行っていたお散歩、毎日の天気の心配をしない生活が苦しいです。主人は動物があまり好きではないので、悲しみも共感できません。子供がいる前で泣くなと言われますが、今の私にはそれは難しいです。どうしたら気持ちが落ち着くのでしょうか。


ふくあやさま No.1226
みーちゃん - 2020/05/22(Fri) 00:16


はじめまして。
愛犬が突然居なくなり、辛い気持ちわかります。
私も半年前に17歳のヨーキーが旅立ちました、
当日はごはんもしっかり食べ、散歩も行ったので、亡くなるなんてこと考えもしませんでした。
独身の頃から私が飼っていた犬なので、主人と悲しみを分け合える感じでもなく、1人ひっそり泣く日々が続いていましたが、時間が経つとともに亡くなった直後の姿でなく、元気だった頃の姿を思い出せるようになりました。
子供とは虹の橋という絵本を読んで、天国で幸せに過ごしていると伝えています。
今はまだ深い悲しみの中にいらっしゃると思いますが、焦らずゆっくり前に進めたらいいですね。


Re: 後悔ばかり No.1229
みかん - 2020/05/22(Fri) 23:24


こんばんは。私も一昨日17歳のチワワを亡くしたばかりです。
悲しみの中こちらの掲示板に来てみました。ふくあやさんのエピソードは、まるで自分かと思うような事ばかりです。
私は話を聞いてくれた友達から、子供より犬が大事なんて人がいたらそれは大変よ、ペットはどうしても人間の都合や気分に振り回される宿命だから仕方ないと言われすこし気が楽になりました。
本当に気がおかしくなるような悲しみと喪失感ですよね。
私も投稿してみようと思います。読んでくださったら嬉しいです。


Re: 後悔ばかり No.1233
ふくあや - 2020/05/23(Sat) 22:12


みーちゃん様

ありがとうございます。私も1人で毎日こっそり泣いています。愛犬が亡くなってから10日が経ちますが少し気持ちが変わってきました。今は愛犬に感謝の気持ちでいっぱいです。虹の橋すごく良いですよね。みーちゃん様の言う通り、焦らずにゆっくり前に進めるようにしていけるようにしたいです。コメントとても嬉しいです。


無題 No.1215
ふわふわさん 北海道 歳 - 2020/05/17(Sun) 15:30
はじめまして。
苦しい気持ちをここで少し吐き出させて下さい。

3日前に愛猫が天国に行ってしまいました。
14歳と4か月でした。

ご飯を食べる量が減り、不審に思い病院に連れて行ったのが約1ケ月前。
以前にも患った胃腸炎と診断され、注射やお薬で治療を開始しました。
2週間ほど前から食欲も元気も少しづづなくなり、朝病院に預けて投薬と点滴、
夕方にお迎えに行くという日々を続けました。

1週間ほど前から白血球の数値がひどく悪化し、2度の輸血を受けましたが
なかなか入れた血液が定着せず、敗血症と診断されました。
ご飯も自力では食べなくなり、どんどんやせ細り最後は腹膜炎でお腹に水が溜まってしまい…。
病院の先生も手を尽くしてくれましたが、急激な症状の悪化に治療が追い付かなかったのだと思います。

最後に点滴から連れて帰った後は、もう自力で立てず床に力なく横たわりました。
横でずっと見守っていましたが、3時間ほどその姿勢のまま動かず。
目も焦点が合っていず瞬きもほとんどできなり、肉球に触れると体温が下がってきていて。
その時、ああもう明日は無理なんだと悟りました。

深夜だったので夜間救急病院に連れて行くことも一瞬考えましたが、
延命治療をしても苦しむのを長引かせるだけだと思い、そのまま家で看取ろうと決めました。

大丈夫だよ、大丈夫だよと何度も声を掛けた。
ずっと膝の上に抱っこして、名前を呼びながら撫で続けました。

もし治るのなら何でもします、神様お願いだから連れて行かないでと
祈り続けましたが、その願いはついに叶いませんでした。

少しづつ呼吸が早くなって、胸の上下が止まってしまった後何度か小さく息を吐いて
そのまま静かに息を引き取りました。
力の抜けた体を抱きしめて、声を出して泣きました。

大嫌いだった病院に何度も連れて行って、長い時間を過ごさせてしまったこと。
ご飯もう食べたくないのに、体力つけて欲しいと強制給仕をしてしまったこと。
もっと早くに治療を始めていれば治ったかもしれないこと。
あれもこれもと思い出し、後悔の念が絶え間なく波のように押し寄せます。

体をコロコロでマッサージされるのが大好きで、家に帰ると真っ先にコロコロを
要求してきました。
面倒臭がらず、もっと沢山コロコロしてあげれば良かった。

冬以外はベッドに上がってこない子でしたが、亡くなる何日か前まで珍しく
私のベッドに上がってきて、枕に寄り添って寝たり、私の顔を手でつついたり。
今考えると「苦しいよ、助けて」というメッセージだったのかもしれません。
それに最近は私の後をくっついて歩いたり膝に乗りたがってきたりと甘えることが多く
年取ったからかなぁなんて呑気に思ってました。
どれも猫からのSOSだったのかもしれません。

帰りが遅くなることが多く、いつも寂しい思いをさせていたのかもしれない。
色々考えだすと苦しくて悲しくて、もっとできたんじゃないかと自分を許すことができません。

ツンデレで、甘え下手で、悪戯もほとんどしない大人しい猫でした。
大きなお目目と柔らかな毛を持った、本当に全てが可愛い自慢の猫でした。

独り身の私を毎日癒してくれる、愛しくて大切な存在でした。
依存して甘えていたのは、猫ではなくきっと私の方だったのでしょう。

私の寿命なんか幾らでも分けてあげたのにな。

骨壺を抱きしめては泣き、もういない所に向かって名前を呼んでは泣き、
心も体も空っぽなのに、涙だけがとめどなく溢れます。
こんな人生なら、もういらないとも思います。

長文失礼しました。
ここで苦しんでいる皆さんの心が1日も早く癒される日が来ますように。


遅くなりました。 No.1225
ももゆき - 2020/05/21(Thu) 18:19


ふわふわ様
お悔やみ申し上げます。愛猫ちゃんが亡くなって、1週間、まだまだ、寂しく、色んな後悔と辛さの中だと、心中、お察しします。ふわふわ様の書き込みを見つけ、すぐにコメントするつもりで、取り組みましたが、パソコンの調子が悪く、突然フリーズしてしまい、ならばスマホでとコメントしかけると、これまた、フリーズはしないものの、トラブルが!機種変をしたいのですが、コロナ自粛の為、店舗側も営業時間短縮や、私自身も出来るだけ、仕事以外の外出を控えてるので、何度か、コメントの途中で諦めてました。でも、やっぱり気になり、遅くなりましたが、コメントさせて頂きます。
14歳と4ヶ月、ふわふわ様の愛情をたっぷり貰い、猫生を送られたのですね。
私の愛猫は18歳と8ヶ月、頑張ってくれました。昨年の7月に、食事をしなくなり、かかりつけの病院に連れていき、老猫が、罹患しやすい腎臓病の末期の診断を受けました。1週間位かもと言われましたが、投薬、回復の食事、月1度の病院で、今年の3月迄、頑張ってくれました。食事も以前より、食欲も有り、2ヶ月に1度の血液検査も、色んな数値は回復してくれ、先生からも、頑張ってますよ!と言って頂き、喜んでました。3月5日に、急に横にパタリと倒れ、その後、口呼吸になり、苦しそうでしたが、数時間すると、いつもよりは、少ないけど、食事もしてくれました。
そして、自力でトイレに行き、おしっことうんこを、粗そうする事なく。ただ、出てくるだけの力がなく、トイレにうずくまっていました。翌日、病院に連れていき、肺に水があると。薬を新たに追加されましたが、その日から、食事は勿論、水さえ口にしなくなりました。日曜日に、再び車に乗せ、病院で、点滴をしてもらい、帰宅しました。いつもなら、玄関で、キャリーを開けると、さっさと出て行くのに、それすら出来ませんでした。今日がお別れかもと思い、ずっと一緒に居られる横に、買い物に出かけてしまいました。でも、急に出かけてる間に、亡くなってしまったら!と思い慌てて帰宅しました。息はしてました。
大丈夫と買った食品の片付けを終え、そばに行くと、頭がダランと後ろに倒れて、マットは、涎でぬれてました。
私が抱き上げ、ベッドに連れていき、身体を撫でながら、名前を呼ぶと、細く小さな声で、にゃーと2回鳴いて、数分後に息が止まりました。そばに来るまで、待っててくれたんだと思いました。どうして、買い物なんかに出かけたのだろう!片付けなど後回しにしなかったんだろう!といっぱい後悔しました。点滴して貰った数時間後でしたので、夜位かと勝手に判断したんだと思います。ふわふわ様、夜中に病院に連れて行かず、そばに、ずっと一緒に居てあげて、猫ちゃんは幸せだったと思います。大好きな、ふわふわさんが、最期の時に看取ってくれたんですもの。先月に、四十九日と、偶然にも、先代猫ちゃんの13回忌の供養をしました。月命日も2回供養しました。亡くなった当初は、ゴメンねゴメンねと、謝ってばかりでしたが、ようやく、長い間、ママのそばに居てくれて、有り難うと言える様になりました。
ふわふわさんも、まだまだ、後悔ばかりの毎日だと思いますが、ご自分を責めるのは猫ちゃんが悲しみますよ。偉そうな事を言ってる私も、亡くなった日の表情や、命が尽きる迄の愛猫の頑張りを思い出しては、涙が溢れます。子供は2人とも関東ですので、私も、1人ぼっちになりました。
最近、猫の可愛い動画も見れる様になりました。

ふわふわ様、2ヶ月経った私も、まだまだ、寂しい毎日です。でも、もう新しい猫ちゃんを迎える気持ちは、全く無いです。

動物は、人間より、先に旅立ちます。
ふわふわ様の愛猫ちゃんも、私の愛猫も長生きしてくれましたよね。本当にありがとうの言葉しか、今は浮かびません。

自分が病気になったり、何かの不幸で、可愛い子を後に残さず、看取ってやれたんですから。少しずつ少しずつ、無理をせず、出来る、ご供養をされると、落ち着きますよ。前にも、ここで書かせて貰いましたが、ペットちゃん達は、悲しむ事より、忘れられる事が辛いのだと、他のネットで、お坊様が、おっしゃられていました。
楽しかった日々を思い出し、少しずつ笑顔になれます様に。私も、頑張ります。
長文、失礼しました。


Re: 無題 No.1232
ふわふわ - 2020/05/23(Sat) 13:57


ももゆき様

暖かいお返事、本当にありがとうございます。
何度も書き込みに挑戦して下さったんですね…。
ももゆき様の優しいお言葉にまた泣いてしまいました。

先日、初七日を迎えました。
仰る通り、後悔の念は消えずまだまだ辛く悲しい日々です。

ももゆき様と猫ちゃんは18歳と8か月も一緒に過ごされたのですね。
きっと大事に大事に愛情深く育てられてきたのでしょう。
実家の猫も18歳まで生きたので、私の猫もその位生きてくれると思い込んでました。

お買い物に出たのに慌てて戻られたとのこと、きっとももゆき様と猫ちゃんの間に
見えない絆があったから、猫ちゃんの呼び掛けにお気付きになったのだと思います。
ももゆき様に見守られて、猫ちゃんは安心して旅立てたと思いますよ。

私の猫も、いつもはキャリーから逃げるように飛び出してたのですが、
最後の日はキャリーの中でうずくまったままなかなか出ることができず
手で出してあげると、もう力が無かったのか手足をばたつかせて2、3歩よろめき
そのまま倒れ込んでしまいました。

そんな姿は初めて見たので、ここまで弱ってしまったのかとショックと悲しみで
小さく息をしている猫を前に泣いてしまいました。
元気だった姿と弱ってしまった姿のギャップが大きく、今も思い出す度に苦しくて…。

近頃は朝が一番辛いですね。
自分以外の生き物の気配が無い中で目覚めると、ああもうここには居ないんだというのが
嫌でも思い知らされ、起き上がる気力も無くなります。
以前は真っ暗でなければ眠れなかったのですが、今は目覚めた時に暗いままの部屋が耐えられず
朝の光が入るようカーテンを少し開けて寝るようになってしまいました。

せっかく励まして頂いたのにまた暗いことばかり書いてしまっていますね。
ごめんなさい。

ももゆき様も2か月たってもまだ寂しいお気持ちでいらっしゃるのですね。
悲しみが深いのは、一杯一杯愛情を注いできた証だと聞きました。
ももゆき様の猫ちゃんも、ももゆき様に「愛してくれてありがとう」と
思っているはずです。
今頃は光の国で「私こんなに可愛がられてたのよ!」と他の猫ちゃん達に
自慢していることでしょう。

最近は気温が上がったり下がったりで、体調を崩しがちな日々ですが
ももゆき様もどうかご自愛なさって下さいね。

励ましのお言葉、本当にありがとうございます。
ここにいる皆さんの心が柔らかく包まれますように。


ごめんね…トア No.1231
吉田創愛さん 北海道函館市 23歳 - 2020/05/23(Sat) 02:02
2018年11月にトアが我が家に来ました。ですが,今年2020年5月20日虹の橋🌈を渡りました。辛すぎて,言葉が出ません。ここに書いてあることも,少しカタコトかもしれません。トアは普段寝る時だけゲージで飼っていました,ですがいつも夜中に1人でゲージから出て,遊んでいました。その亡くなる数時間前,洗濯機で洗濯をして,洗濯機を乾かしていました。疲れた私はつい眠くて寝てしまいました。朝起きるとゲージが開いていて,探しても見つからず,洗濯機を覗いてみました。するとトアが横たわっていました。まだ温もりがありましたがすでに息もなく私は泣き崩れました。死因は分かりません。病死なのか窒息死なのか,ですが祖父に聞いてみたところ洗濯機で窒息することはないと聞きました。ちなみに水は入っていません。亡くなってから,後悔ばかりで,寝ないで見ていれば,洗濯機の蓋をしっかり閉めていれば,ゲージに入れる前に抱きしめてあげれば,後日トイレを見てみると便と尿が少なく,もしかすると病気だったのだろうか。なぜ気付いてあげられなかったのか。今は辛すぎて,ペットロスになってしまいました。もう抱っこすることもできない。ほっぺたにすりすりすることもできない。爪を切ってあげることもできない。餌をあげることも出来ないと思うと…もうやりきれません。気持ちの整理がつきません。もう一生見る事も触ることもできないと思うと…どうすれば気持ちが落ち着きますか?


10年前のこと、また急に思い出した No.1228
ただの社会人さん 東京都 歳 - 2020/05/22(Fri) 22:38
愛猫が死んでからもう10年近く経つ。東日本大震災の前の年に亡くなった猫。
彼女は私が生まれるより少し前に、私の母と父の元にやってきて、私のお姉ちゃんみたいな存在だった。赤ちゃんの時から一緒に寝てたし、よく遊んだし、ご飯も一緒に食べたし。
小学6年生のとき、両親が離婚して、私は母に引き取られ、猫は父の元に行く予定だった。でも、父の母、私にとっては父方の祖母が猫を保健所に連れていくなどと言ったらしく、うちはペット禁止だったけど、猫も一緒に暮らすことになった。もう二度と会えないと思っていた私は、引越しの時に猫の伸び切った毛や毛玉を切って、それをフェルトに詰めてお守りにしようとしてた。でも、結局一緒に暮らすことになったから、その御守りはとりあえずは必要にならなかった。
猫は乳がんを患っていて、何回か手術をしたことがあった。でも、次もし出来たらもう体力的にも手術はできないと言われていた。中学一年の夏ぐらいだっただろうか、猫はだんだん体力が無くなってきたのか、前みたいに走り回ることもなければ、軽々とジャンプすることも出来なくなっていた。ペット禁止のため、なかなか病院にもいけなかった。病院に行った時は手遅れだった気がする。寿命もあるし、癌じゃもう助からないことは分かっていた。
死の数日前、制服に毛がついてしまうから、滅多に私の部屋には入ってこないのに、なぜか学校から帰ってきたら、猫が私の部屋にいて、なんだか私は「もうすぐ死んじゃうから、そばにいてほしいのかな」とおもって、もう自分の力では登れない彼女を私のベッドに乗せてあげた。
忘れもしない、秋口の朝、母に突然起こされて、「ユキがもうダメかもしれない」と居間で猫が苦しそうにしているところに呼び出された。しっかり見た。彼女が死ぬ姿を。朝6時前。学校に行く前。彼女の死に目に会えたことは、幸運だったと思う。その日は仮病と嘘をついて、部活をサボってまっすぐ家に帰ってきた。もしかしたら、ありえないけど、生き返ってるかもしれない、なんて思って。でも、彼女はダンボールの棺桶の中で硬く冷たくなったままだった。
火葬するまで、ほんの数日、その状態でいた。彼女の死の匂いは鮮明に覚えている。生きていた頃と同じように、毎日撫でていた。死後硬直なのか分からないけど、瞼が開いてしまう度、瞼を閉じさせていた。火葬の日、彼女に向けた手紙と一緒に彼女は天へと昇っていった。あまりにも小さい骨壷に、母は「こんなにちっちゃくなっちゃって」とつぶやいた。御先祖の仏壇の隣に、猫の骨壷といつかの猫の毛を詰めたお守りを供えた。あのときお守りを作って置いてよかった。

ペットロスとは恐ろしいもので、私はその後少なくとも3ヶ月ほど食欲不振に陥り、給食だけ無理やり食べて、家ではほとんどご飯を食べていなかった気がする。どんなに仲の良い友人でも、誰にも話せなかった。部活はサボりがちになり、まともに行くようになったのは大会直前くらい。酷いものだ。何もやる気が出ないのだから。

雪のように真っ白い猫だったから、名前はユキ。雑種だったけど、とても綺麗な猫だった。この世で1番綺麗な猫だった。
何年経っても、忘れられない。絶対に忘れない。
ペットを飼いたいと言っている友人を見て、ふと猫のことを思い出して大号泣してしまった。私も、また猫と暮らしたいと思うことはある。でも、お別れが辛いから絶対に無理だと思ってしまう。言うのは簡単だけど、ペットを飼うことをオススメはできない。ペットは癒しを与えてくれるんじゃない、生と死をまざまざと目の当たりにすることになる。いい意味でも悪い意味でも。
そんなことを思った夜でした。ペットは家族、大事にしよ。


無題 No.1227
Mさん 東京都 歳 - 2020/05/22(Fri) 00:44
はじめまして。
20日にみーちゃんが亡くなりました。
前日の夜は、おやすみと言っていつもどうり寝ました。次の日起きてみーちゃんの所に行くと、ハンモックに下半身が絡まっており、宙に浮いた状態でした。急いでハンモックを切り、下ろしてあげましたが足が動かなくなっていました。鳴き声もしなかったので気づかなかったのですが長い間圧迫されていたんだと思います。ケージから出してあげようとした時私の腕を両手で掴んでいました。意識はあるもののどんどん力も抜けていき咳をした後動かなくなってしまいました。緊急で病院に向かいましたが、もう向かっている時には心臓は止まっていました。タクシーの信号が毎回赤なくらい止まって、着いたのは3〜40分後でした。診察してもらってももう息していませんと言われてしまい、それでも救命処置しますか?と言われたのでお願いしましたが、しばらくすると治療している部屋に呼ばれ、人工呼吸器では動くものの止めたら心臓は動かないし、もう脳も死んでいます。と言われ、分かりました。と待合室に戻りました。帰ってきた時には寝ているようでした。
自宅に帰宅しても、もっと早く起きていれば早く助けられたんじゃないか、ハンモックも噛んで遊んでいたからそのままにしていたけど、新しいのに変えていればこんな事になっていなかったんじゃないか…と後悔ばかり浮かびました。前日まで楽しく元気に一緒にいて、普段もキッチンで何か料理をしていたら包丁の音で何かおやつくれるのかなって私を覗いていたり、ごみ捨てに少し部屋を出る時も毎回私の顔が見えなくなるまで見ていました。私も、ごみ捨てだけですぐ帰ってくるから、といつも話かけていました。部屋に帰ってきた私をいつもこっちを見て迎えてくれていました。話し相手はいつもみーちゃんでした。家に迎えたばっかの頃は目も合わせてくれなかったのに気づけばいつもアイコンタクトしてくれていました。いつも目が合えばこっちに来てかまってというばかりでした。
その普段の毎日と、ハンモックに宙ずりで下ろした後の腕を掴んで来た時の光景が目に焼き付いて離れません。
今日火葬してきましたが、目を閉じて心でみーちゃんに会えたとしても、目の前ではもう見れない悲しみともう撫でてあげれない悲しみで涙が止まりませんでした。
今迄他の子も見送ってきましたが、寿命だったり病気になってしまったりでした。その時もとても悲しかったのですが、こんな健康でまだ4歳なのにいきなりこんなことになってしまって心が追いつきません。あんな熱い中で燃やされるのも絶対苦しいし、まだ早いよ…何でと頭の中でグルグルしています。
前日まで好き好き大好き、ずっと一緒なのはみーちゃんだけだよ、って話していたのに、もうみーちゃんはいません。今は小さな入れ物に骨だけになってしまいました。
とても悲しいです。会いたいです。


無題 No.1187
すーくんママさん 北海道 歳 - 2020/04/13(Mon) 10:38
お辛いですね。
お悔やみ申し上げます。
実は私も6歳の愛猫を先日4月1日の夜亡くしました。
喪失感で何も手につきません。
うちの猫息子は当日の夜まで猫じゃらしで遊び、昼も元気にジャンプしたり走ったりしていました。好物の天然鯛のお刺身を一切れムシャムシャと食べ、冷凍庫から棚の上に飛び乗ったり、いつもと変わらぬ様子でした。
PM9:30にいつものように椅子の上で寝たのを確認しました。私もその後少しして寝て。それから2時間半後くらいに私はトイレに起きました。
その時猫息子は枕元に寝そべっていました。起こしてはいけないとそおーっとトイレに行ったのですが、かえってきても同じ姿勢で何かおかしいと思いました。普通ではない。
声をかけ触っても反応がありませんでした。
考えてみると私の布団の足元に来て寝ることはあっても枕元で寝ることはないなと。おそらく私の足元に来る途中に倒れそのまま神に召されてしまったのではないかと。
あまりに突然であまりに急で、ショックすぎて涙も出ませんでした。
ただただ信じられず。
とてもあたたかくて、柔らかくて。
とっても穏やかな顔で。
生きている時と何も変わらない愛猫の姿に現実を受け入れることができませんでした。
4日の火葬の日まで亡骸と一緒に過ごしました。
本当に寝ているようで、ずーっと撫でていました。
ただいつもと違うのは保冷剤を頻繁に取り換えることと、硬直した身体でした。時間の経過とともにショックが悲しみに変わりました。
まさかこんなに早く急にお別れがくるなんて。
あれもしてやればよかった。これもしてやればよかった。
なぜあの時あーだったのか。もっと気を配っていればなどと、後悔の念に押しつぶされそうです。
ロックダウンに備えて大量に買ったフードや缶詰や猫砂やおもちゃを見るのが辛いです。
昨日夫とペットと一緒に入るお墓を見に行きました。
契約しようと思っています。あの子のためと思いながら本当は自分の心のよりどころがほしいんですよね。そうでもしないとどうしてよいかわからないのです。水曜日にはお仏壇もきます。毎年お祝いしていたお誕生日やクリスマスはもうできないけど、代わりにお盆やお彼岸、命日などこれまで以上に一緒に過ごしたいと思っています。
本当にさみしくてさみしくてどうしょうもないです。
でも、あの子が安心して旅支度をし49日に虹の橋を渡っていけるよう私も自分を奮い立たせています。
時間はかかると思いますけど、ももさんも一緒に乗り越えましょうね。



Re: 無題 No.1189
もも - 2020/04/13(Mon) 16:39


すーくんママ様

すーくんママ様お辛いですね。
本当に急なことだったのですね・・深い悲しみのなか温かなメッセージありがとうございます。
いなくなった喪失感となぜこんなことに?って気持ちがグルグル胸の中でまわって気持ちの整理がつきません。
みんな同じ気持ちなんですよね。後悔ばかりです。

すーくんママ様の愛猫ちゃんはママ様の家族になって暮らして本当に幸せだったと思います。
一緒に入れるお墓あるのですね。

私もちょっとずつ前を向いていきます。あのこが安心して虹の橋渡れるように。みんなと仲良くしてほしいな。もう痛みや苦しみのない体で元気に走り回ってほしいです。

大変な時期にここで人の優しさに触れました。
心からありがとうございました。



遅いコメントです No.1211
ももゆき - 2020/05/14(Thu) 01:25


すーくんママ様
6歳の若さで突然死の猫ちゃんのお悔やみを申し上げます。4月1日に天国に逝ってしまった猫ちゃん!ほんとに、お辛いですね。何が何だか分からない内に、愛する猫ちゃんが旅立られ、気持ちの整理が付かないことと、お察しします。
私の愛猫は、3月8日に18歳と8ヶ月で、お空に旅立ちました。人年齢に換算すると90歳少し前という事です。昨年の7月に急に食事をしなくなり、病院に連れていき、老猫が患う事の多い腎臓病の末期と診断されました。1週間前後の余命と診断されましたが、投薬、食事療法で、復活してくれ元気に8ヶ月も頑張ってくれました。病院の先生からも、この子は頑張っていますよと言って頂きました。3月5日に急に具合が悪くなり、急にパタッと横に倒れ、口呼吸になり、只、その日はかかりつけの病院が休みだった為、様子を見ていたのですが、少しだけでしたが、食事もしてくれ、翌日の病院に連れていき、肺に水が入っているとの事で、薬を出されましたが、その日以降、水すら飲む事はなく、再び病院に連れていき、点滴をして貰った数時間に、私が傍に行くのを待っててくれた様に数分後に、小さな声でにゃーと2回鳴いて、静かかに、呼吸が止まりました。翌日、火葬して貰い、小さな遺骨になってしまいました。四十九日も終え、月命日も2回終えました。やっと、写真に、いっぱいママと一緒に居てくれて有り難うと言える様になりました。でも、今でも、亡くなった当日の愛猫の表情や、行動を思い出し、涙する日は、私の心を、揺さぶります。
こうして、ここの掲示板を見て愛猫を亡くされた方へのコメントをしてる自分がいます。只、ゴメンねばかり言ってたけど、今は有り難うと言える様になっています。
長い間、ママと一緒に居てくれて有り難うと。私の猫ちゃんは、大婆ちゃんでしたから、寿命も近いと、覚悟していたつもりでしたが、いざ居なくなると、こんなに辛く、悲しく、苦しいのかと!

すーくんママさんは、本当に突然のお別れだったから、ご自分の気持ち、整理は大変な事と思います。でも、一緒のお墓にされるとの事!幸せな猫ちゃんですよ!

私の傍には、13年前に亡くなった猫ちゃんと今回の猫ちゃんの遺骨が2つ有ります。先日、ネットで、お骨にもカビが生えると見ましたので、四十九日の前に、先代猫ちゃんと、今回亡くなった猫ちゃんの遺骨にシリカゲルを入れ、骨壺をテープで密閉しました。私は、子供たちに、猫ちゃんと一緒に散骨して貰うつもりです。
すーくんママさんも、猫ちゃんを亡くされた方へのコメントをされていて、きっと今も、寂しさ、悲しみの日々だと思います。
一昨日、先代猫ちゃんと、今回亡くなった猫ちゃんの夢を見ました!夢の中、猫ちゃん達は、動く物で遊んでました。夢の中でも亡くなった現実は受けいられてました。
そして、目覚めた時は、幸せでした。
すーくんママさんも、少しずつ、可愛かった猫ちゃんとの楽しかった日々を、今の苦しい現実が、上書きされる事を、お祈りします。今は、愛してるよ!有り難う!と言える様になりました。
遅いコメント、失礼しました。


Re: 無題 No.1224
すーくんママ - 2020/05/20(Wed) 19:08


ももゆき様へ

あたたかいコメントありがとうございます。

昨日、すーくん(猫)の四十九日法要を無事すませました。
お経で「いつも癒しを与え・・・」のフレーズをきいたとき、グッときてしまいましたが、あの子が迷わず虹の橋のたもとに行けるようなんとか涙をこらえることができました。
やっとあの子が居なくなってしまったのだと実感しました。
まだまだ気持ちに波があり、急にあの子の声や仕草、表情、初めてわが家へ来た時のこと等を思い出しやり場のない寂しさがこみ上げてきます。
それでもあの子らしい元気いっぱいの記憶のまま旅立ったことをほめて笑顔で送り出したいと思いました。
生前事あるごとに「すーくん、どうもどうもありがとう!」っておしりのところをポンポンたたかれ、ほめられるのが大好きだったので。

こちらの掲示板で心が救われました。
みんな苦しいのだと・・・でも乗り越えていっているのだと・・・






無題 No.1208
ねこさん 大阪府 歳 - 2020/05/12(Tue) 12:46
3日前、約8年間連れ添った愛猫が亡くなりました。

近所の公園で、紙袋に入れて捨てられていたねこちゃん。お母さんを探してか、何時間も一生懸命鳴き叫んでいた。その生命力に感銘を受け、拾って帰りました。
もともとは犬派で、かつアレルギーもあり、飼うつもりはなかったのですが、猫の魅力に、取りつかれてしまいました。
こんなに愛くるしい存在があるのかと。毎日見るたびに一層かわいくなっているような気がしていました。
かなり臆病・繊細な猫で、飼い主以外には警戒心むき出しでした。それもまた、自分だけを頼りにしてくれているようで嬉しかったです。
でも、猫に依存していたのは、私のほうでした。
子猫のころから、常に餌を満タンにして置きっぱなしにしていた(いわゆるだらだら食い)ので、縦も横も本当に大きなねこちゃんになりました。
それが祟って、2年前に、糖尿病と診断されました。
それからは、毎日の血糖値測定・インスリン注射。そして毎週動物病院での点滴。本当に申し訳ないことをしました。
それでも、毎日元気でいてくれて、インスリンを適切に投与すれば寿命を全うできるという先生の言葉もあり、幸せに過ごしていました。
亡くなる1週間前から、だんだんと食欲がなくなり、前日には何も食べませんでした。なぜか水の近くにいたがっていたので、必死に体温を下げようとしていたのだと思います。
亡くなる当日の早朝より、呼吸が早く異音がするようになり、動物病院に連れて行ったときには、苦しそうに口呼吸をしていました。
とりあえず酸素室に入れてもらい、予約診療の合間に見てもらえることになりました。
いつも食欲がなくなったねこちゃんを治してもらっていたので、今回もなんとかなるだろうと、どこか楽観的な、現実から目を背けるような、考え方をしていました。
酸素室に預けてから数時間後、検査結果が出たとのことで病院に向かうと、レントゲン検査で肺が真っ白になっており、ダメージを受けていると。いつ容体が急変してもおかしくないと。
酸素室で、さらに呼吸があらくなり、けいれんを起こしているねこちゃんをみて涙がでましたが、まだ「死ぬわけない」と思い込んでいました。
しかし、その数時間後、先生から訃報がありました。

あっという間のことすぎて、信じられない、信じたくない。悪い夢を見ている気分でした。
もうねこちゃんに会えないという恐怖、ああすればよかったこうすればよかったの後悔の連続。
里親募集のサイトでねこちゃんと似た猫を探すも、ねこが帰ってくるわけではないという諦めの繰り返し。
心臓が、内臓が破り裂かれるような苦しさ。

でも、こうして同じようにペットロスに苦しむ方の思いに触れたり、写真を整理したり、ペットロスに関する本を読んだりして、なんとか、「3歩進んで2歩下がる」の状態で、少しずつ落ち着いています。

無上の幸せをくれたねこちゃん、本当にありがとう。


Re: 無題 No.1209
すーくんママ - 2020/05/13(Wed) 22:32


お悔やみ申し上げます。
お辛いですね。お気持ちお察しいたします。

うちの子は先月の4月1日に突然死をしました。
6歳でした。
あまりの若さ、あまりの突然の出来事で今なお受け止めることが出来ません。
後悔ばかりで喪失感も半端ないです。
寂しくて苦しくて会いたくて…
来週の火曜日は四十九日の法要です。
「ごめんね」から「ありがとう」に言い換えなきゃと思っています。
頭ではわかっているのですけどね。
心がついていかないんです、なかなかね。
お互い何とか乗り越えていきましょう。
大切な愛おしいあの子のためにも。


無題 No.1210
ももゆき - 2020/05/13(Wed) 22:39


ねこ様

お悔やみ申し上げます。
8歳の猫ちゃんを亡くされ、とてもお辛い日々ですね。8歳といえば、猫ちゃん年齢にすれば、まだまだ若いですものね。
私は3月8日に18歳と8ヶ月の猫を亡くしました。四十九日も終え、2回目の月命日も終えた今も、悲しく寂しい思いを過ごしています。猫ちゃん、糖尿病だったとのこと、インスリン等、いっぱい、お世話されたのですね。お疲れ様でした。きっとねこ様の猫ちゃんは、感謝されてますよ。
私の猫ちゃんは、昨年の7月に、食事をしなくなり、病院で、老猫が患う事の多い腎臓病の末期と診断され、1週間前後の余命かもと言われ、それでも、投薬、食事療法で、8ヶ月も頑張ってくれました。
食欲も有り、元気でした。3月5日に急に具合が悪くなり、食事も水も欲し無くなり3日後に、点滴してもらった数時間後に静かに呼吸が止まりました。2ヶ月経った今、やっと、出来る事は、した!と思える様になりました。そして、最初はゴメンねばかり言ってましたが、今は長い間、ママと一緒に居てくれて有り難うと言える様になりました。
ねこ様は、まだ若い猫ちゃんだったから、ご自分を責めてしまうのかもですが、一生懸命、看護されたのですから、猫ちゃんも喜んでくれてると思います。
日にち薬とは、よくいったもので、心は少しずつ少しずつ落ち着いてきます。
天国にいってしまった猫ちゃんを忘れる事なく、悲しい時は、いっぱい泣いて、出来るご供養をしてあげて下さい。
そして、可愛く楽しかった日々を思い出される日が、1日でも早くねこ様の心に悲しみや、後悔の心が上回ります様に。


Re: 無題 No.1222
ねこ - 2020/05/19(Tue) 11:12


すーくんママ様へ

お優しいお心遣いのこもったコメント、本当にありがとうございます。
すーくんママ様のねこちゃんも、突然亡くなられたのですね。

私のねこも、亡くなった原因がはっきりとはわからないもので、それゆえに「なぜ」という気持ちも強かったのですが、
こんな小さな体なのだから、いつなにが起こってもおかしくないという、儚さも受け入れつつあります。

すーくんママ様、今日が四十九日の法要とおっしゃっておられましたね。
少しずつでも、悲しみが癒えていることを祈っております。

ほんとうにねこちゃんをかわいがっておられたのですね。その分、悲しみも大きくて辛いですね。
ねこちゃんも、すーくんママ様のこと、とても大好きだったのでしょうね。
すーくんママ様もそのねこちゃんも、出会うべくして出会った、本当に幸せな、運命の1人と1匹なのでしょう。
「死は愛を分かつものではない」と、本にありました。大切なねこちゃんのこと、心の中で、たくさん愛してあげてください。


Re: 無題 No.1223
ねこ - 2020/05/19(Tue) 11:26


ももゆき様

お優しいお心遣いのこもったコメント、本当にありがとうございます。
ももゆきさんのねこちゃんねこちゃん、晩年は腎臓病だったのですね。
ペットの治療は精神的にも金銭的にも本当に大変だったかと思います。

でもその負担さえも受け入れられるくらい、ねこちゃんは大きな存在になってしまっていたのですから、本当にねこは不思議です。

18年も一緒におられたとのことで、本当にたくさんの時間をともにした家族を失うことですから、並大抵の悲しみではないと思います。大切に育てても長生きしないことはたくさんありますが、大切に育てないと長生きはできないと思います。18年も一緒にいられたこと、ねこちゃんは本当に感謝しているでしょうね。

死の悲しみは本当につらいですが、それと比べようもない(比べること自体おかしいかもしれません)幸せをくれたねこちゃんに出会えたこと、お互い本当に幸せ者だと思います。

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